2015年4月4日土曜日

新しい言葉の誕生を言祝ぐ

生徒に習った言葉で、「壁ドン」という言葉と「ガチ勢」という言葉あります。この言葉の由来を聞いて、僕は感嘆と感動を憶えました。


「壁ドン」というのは、壁、という普通名詞に、ドン、という音の擬態語が合成してできた新生名詞です。「ガチ勢」というのは、「真剣な輩」という意味でして、昔の言葉で表わしますと、「熱心党」、すなわちfanaticな姿勢であるものを追い続ける人の事を指して使う言葉です。


どちらもネットを通じて、誰が使い出したか分からない言葉です。若者を中心とする言語文化の中から新しい日本語が誕生していることは、言祝ぐべき事であって、これを妄りに「日本語の乱れは怪しからん。」などと言って切って捨てる事は短見だと僕は考えています。


大和飛鳥の古来より、若者の「乱れ・崩れ」の類いは古い「大人」によって嘆き悲しまれて居た訳ですし、何も今に始まったことではない、そういう新しい時代や文化が到来したことによる嘆き悲しみは古今ずっと継続的に発せられるボヤッキーなのです。


新しい感性で新しい言葉が生み出され、紡がれることを、僕は素晴らしい事だと思っています。それは人間が生きて活き活きと躍動している証拠に他ならないからです。身体に起こっている細胞分裂の連続の延長線上に、新語の誕生があるとすれば、これは本当に喜ばしい事であって、決して揶揄されたり、誹謗される類いの事ではありません。


たとえば僕の子ども時代を思い返しますと、「本気と書いてマジと読む」とか、「意味深発言:本来は意味深長という四字熟語」とか、「マジで:真面目に、の意味」とか、いう言葉が代表格で、そういう言葉を使うと、先生や親から、みっともないからそういう汚い言葉を使うな、と言われたことを憶えています。


「壁ドン」「顎グイ」の話に戻りますと、これは壁や顎という普通名詞に、擬態語である、ドン、グイ、という音がくっ付いて、抽象名詞を形成しているという高度な言語技術だと僕は思っています。壁ドン、というものや人が存在するのではなく、自分が行為を寄せる男性から壁際で腕を壁にどんといきなり押し当てられ、壁とその男性との間に自分が挟まれて、どうしよう、と胸や頬を仄かに紅く染める萌えシチュエーションを言い表した言葉なのです。


「ヤバい」という言葉を世間一般でよく使いますが、これは「厄場(やば)」という江戸時代の看守を指す名詞を囚人や罪人の間で使っていた事から、危ない状況のことをヤバいと言っていたのが、意味が転換し、危ない状況以外でも、胸が高揚したり、期待が高まったりする状態になり、自分の身の制御が付かなくなること=危ない=ヤバい、という良い意味に転じて使われているのでは、と考えられます。


壁ドンのご先祖様の言葉として僕が思い浮かべたのは、「ぬらりひょん」という妖怪の名前です。顔がぬらりとしている、という意味は、さしたる特長も無いどこにでも居る様なノッペリとした顔をしている様子を表わした言葉で、ひょん、というのは「ひょいと」という神出鬼没にひょっこり現れるものを言い表した言葉だと考えられます。表情にさして特長も無い様な顔のおじさんが突拍子も為しにひょっこり表れる、そんな妖怪がぬらりひょんなのです。僕がこの妖怪の名前を最初に知ったのは、水木しげる先生の「ゲゲゲの鬼太郎」の漫画の中で、子供心に、この名前の響きに心を奪われたのを憶えています。一体どんな妖怪なんだろう、って。見てみると、なんのことはない、強そうでも無い普通のひょろひょろしたおじいちゃんの様な妖怪で、子どもの頃、自民党の金丸信さんがしょっちゅうテレビに出ていましたので、その人のイメージと重ねて見えていました。一見すると何ら強さを持ち合わせていない様な人でも、裏では相当の悪党だ、という事が大人の世界にはあるんだな、と子供心に思い、人は見かけに寄らないよ、と曾祖母が煙管で煙草を喫みながら、僕に気怠そうに話していた事などを思い出します。


言葉が次々と生まれては消えて行くことは、人類にとって、とても好い事だと思っています。僕は若い人が使う言葉を聞くのがとても好きです。新しい言葉をどんどん歓迎したい。使っていて利便性や汎用性の高い言葉は歴史の審判に耐えうる力を持ち得ます。ですから、どんどん新しい造語や新語が出てくれば良い、と僕は思っています。


同時に、古い時代にあった美しい語彙も、積極的に使って行きたい。後世の残すべき言葉を、日常の文章や会話の中で、若い人たちと交換しながら楽しんで言葉に遊んで行きたいのです。


言葉尻を執る、なんていう言葉がありますが、言葉の尻だけではなく、足も腹も頭も執りたい。欲張りなんです、僕。いや、ほんとに笑。


オノマトペを使った日本語の名詞や造語に注目し続けたいと思っています。昔の言葉には身体に関する表現が沢山在りました。虫の居所が悪い、虫の知らせ、腑に落ちる、五臓六腑、八面六臂、鼻にかける、口が滑る、足が出る、挙げれば切りがありません。


言葉に良いも悪いもない。使う人がいれば残るし、いくら批判されようが、誹謗されようが、それが人の生活の中で佳しとされれば、必ず言葉は生き延びて行くんです。


古典を勉強する際に、現在使われている意味とは全く異なる意味で使われている語彙を見つけ、その語がいかようにして現在の意味に落ち着いたのか、という事に思いを馳せる事も、立派な古典学習のモチベーションなのではないでしょうか。


これ以上書くとお説教くさくなる気がしてきました笑。



ではまた^^

2015年4月3日金曜日

外国語を学ぶ、ということ。

「二外考」
ラテン語の勉強をしています。とても楽しんで第二外国語の勉強ができている事は喜ぶべき事です。恵まれていますね。感謝しています。


ラテン語は古典イタリア語と呼ぶべきなのでしょうけれど、これでは説明不足なんです。ラテン語は、イタリア語の古語であるばかりでなく、フランス語、スペイン語、ポルトガル語などのラテン系言語の租でもありますし、ブリテン島にローマ人が支配した時代もありましたので、英語への流入も数多く見られます。


たとえば、一例を挙げますと、英語の単語で、prohibit, accept, omnibus, principal, round, villa, port, important, consequence, rose, dominate, minister, liberty, misery,inter~の付く語, possess, possible, image, video, divide, institution, language, different, humanity, long, merchant, approximately, continue, cause, virtu, com~の付く語, finish, obtain, initiate, flow, flu, persecute, extreme, originate, orient, ocean, mountain, noble, persuade, civil, citizen, urban, polis, politics, total, などは全てラテン語の時代からある言葉が、使われる場所や国などにより、語形変化したり、音が変わったりして、今でも使われている、と言った具合です。


ラテン語の汎用性が如何に高かったか、ということは、今でもその語が使うに足るからこそ、各国の言語に残っている訳で、畢竟、ローマ帝国の文明の文化の高さがこれだけでも窺い知る事ができます。


テルマエロマエという映画で、阿部寛が、日本にタイムスリップして、日本人の生活ぶりをローマ人の上から目線で観察するシーンが幾度も出てきますが、阿部寛は高慢ちきこの上ない様子で、日本のお風呂やトイレに驚嘆し、ローマ人のプライドの高さから日本の現代の文明に感動する、というのは、強ちあの漫画、誇張され過ぎてるわけでもないんだろうな、と僕はぼんやりと考えました。


ローマ人達の暮らしぶりは、江戸の人々がその時代を謳歌し楽しんだがごとく、豊かで活況だったことでしょう。言語のみならず、食べ物、議論されていること、娯楽など、一般庶民が人生を謳歌するのに十二分なものは全てそろっていたと僕は想像しています。


ガリア戦記を読んでいますと、これは戦争のクロニクルみたいなもので、どこそこの国が強かった、とか、なになに人は他の国の種族と比べてここがすごい、みたいなことが、ローマ人の目線で書かれている。ローマは当時最強ですから、これは全て勝者目線。淡々と書かれたその文は、ブッキラボウな印象を初めに与えつつも、自分たちの歴史をきちんと書き残す、という自負心や尊厳がなければ、できないことです。つまり、強くて豊かだったのね、ローマって。


ラテン語は今は使われてはいません。死語です。実際に今ラテン語を使っている所はバチカンの神父さん達ですとか、大学で研究に用いたりですとか、そういう類いで、話されている言葉としては、もうその役目を終えています。ですから、これを勉強したって、何にもなりません。何にもならない、というのは、福沢諭吉先生の仰るところの「実学ではない」という意味の「何にもならない」です。これをやったからと言ったって、ラテン語でコミュニケーションができたり、ハンバーガーが買えたり、昨日テニスをしました、とかいうやり取りができる訳ではない。あるいは、ラテン語ができるとプレゼンができたり、ディスカッションができたりするのでもない。何の役にも立たない。


けれども、僕はラテン語をもう一度勉強したくてたまらなくなったんです。頼まれもしないのに。何故なのか、今毎日勉強していても、僕にもよくわかりません。でも、やってる。やっているときは、もう多幸感この上ない至福の時間で、誰にも邪魔されたくない、二人きりにして欲しい、と願いながら、うれしくてうれしくてたまらないのです。


始めたばかりのころは何やらさっぱり分からない。とにかく例文や文章をノートに筆写し、その和訳を書いて、一つ一つの語の解釈を書き、活用が出てくれば、その都度青ペンで書き込んで行く、というそういう作業の繰り返しです。また、新出語彙が出てくれば、その都度ノートに書き写し、練習をして、発音をする、というその連続です。高校生が英語で和訳をやらされたりするのと何等変わりはない。全く同じやり方で勉強をしています。


読書百遍意自ト通ズ、という言葉ではありませんが、初めは意味が全く分からなくても、毎日、毎日、ラテン語をしていると、ああ、もしかしてこれってこういう意味なんじゃないの、あ!ほら、やっぱり!という分かる瞬間がでてくる。そうすると楽しくなって来て、そういえば二日前に出て来てた、あの意味が分からなかった語って、この語の活用の変形なのか知らん、ああ、やっぱり!という風に過去に分からなかった事が繋がって行くんですね。そうすると楽しくなって来て、益々先に進みたくなる。


そういう形で今、毎日ガリア戦記と新約聖書をラテン語で読み、その解釈を読んでノートに書き写し、語句の意味や活用をノートに写し、音読をし、ラテン語に楽しんでいます。


ラテン語を勉強していると、今僕らが使っている言葉、それは則ち現代国語(日本語)ですし、現代英語とかなのですが、それとは違った発想や、考え方、慣習みたいなものに出会います。それは今のものとは異なっているんですが、その異なっていることと出会った時に、自分たちの今の世界との違いが際立ち、自分の今話している言葉や使っている慣習とは、こういうものだったんだね、という理解が深まるんです。外国語を勉強する意味って、なにもプレゼンができたり、交渉能力に長けたりするためなんじゃなく、自分の住んでいる世界や文化について、気付きを得るためなんじゃないか、と僕は思っています。


確かに英語でプレゼンできたり、交渉できたりすることは大事です。それも大事。でも、それが外国語を学ぶ第一義で、一等大切にせねばならぬことだ、と云うのは、僕は違うと思っているんです。


英語ができる人は世にゴマンといます。TOEICのスコアが満点だったり、英検一級をほぼ満点で取得したりしている人も沢山いると思う。でも、その人が英語ができることと、英語を学んだ事によってその人の人格や人生にどのような影響があったかは別の話だと思っています。それは、英語ができても教養がなければ、話すコンテンツを高める事ができないからです。知識や知恵は、それを使う際に裏打ちとなる教養の幅や高さがあって、初めて豊かに活かされるものです。ですから、外国語ができたり、大学のテストでいい成績で良い格好で単位取得できたとしても、それは体力測定のデータくらいの意味しかないんじゃないのかな、と僕は考えます。それだけでは不十分なんです。


頭の良いことや、成績が良い事を自分の誇りの第一義にしてしまうと、その人には学びが起動しなくなる。なぜなら、学ぶ、ということは「私には分からない事がある。だから私はそれが知りたい。先生、教えてください。」という自己発起だからです。成績が良いことや、頭が良い事は、暫し人の心を曇らせる事があります。自分が見えなくなる。だから、良い成績を修めたり、頭が良かったりすると、「俺は何でも知ってるぜ、お前らバカだな。」という構えになり、学びが起動しなくなるんです。だって、分かってる、って思ってるんですから、知る必要がない、という自覚ができてしまって、学べなくなってしまうんです。


人は「私には分からない事があるから知りたい」と子どもの様な気持ちを持ち続ければ、誰にでも豊かに学びは起動します。何度でも。これは僕が実体験を伴って身体で理解していることです。


これから大学に入学する皆さんには、是非学びを起動し続けて欲しいと思っています。勉強は金や地位や名誉の為にするのではありません。楽しくて仕方が無い、自分には分からない事があるからもっと知りたい!という子どもの様な気持ちを失わず、勇気を持って色々な事を勉強して欲しいと思っています。


学術文庫を沢山読んでください。文学作品や古典を嗜んでください。第二外国語をしっかりと勉強し、日本語との違いは何なのかを感じて欲しい。その言語が持つ特有の美しさに酔いしれて欲しいのです。


教養があれば、チャチなプレゼン能力育成や、ディベート力みたいなものも自ずと身に付きます。小手先のテクニックを徒に紹介する様な薄っぺらい本を読むくらいなら、弁証法やソクラテスの弁明を読んだ方が余程良い。自分とは何かを説明しなければいけないなら、空っぽの自分の中に、沢山の教養を詰め込む事がまず先です。教え子達にはこの事をどうか分かって欲しい。個性というのは、偉大なる模倣の連続の先にあるものです。自分の素の姿なぞ、空っぽで何にもない。その空っぽの箱の中に、私たちの先達が心血を注いだ英知を一つでも多く入れてください。


ああ、ラテン語が楽しい、っていう話をしようと思ったら、また脱線しましたね笑。ごめん、ごめん笑。


大学入学の時期ですね。楽しんで学びを深めてくださいね^^



ではまた^^

2015年4月2日木曜日

文が長くてすみません。

初めに、すみません。
長い文章です。うんざりするかも知れません。
長くてすみません。


さて、先日教え子から心温まるお葉書を頂戴しました。本当に嬉しく思いました。手書きで、米粒大の日本語が葉書にびっしりと書き込まれて居り、手紙を呉れた人の深い愛情が伝わってくる、真心の籠った手紙でした。こんなお手紙、もう随分と戴いていませんでしたので、とても嬉しかったです。


手紙の中で、教え子がこのブログを読んで呉れている事を知りました。このブログは実際に誰が読んでいるのか、10年間もやっているのに僕には分かりません笑。ここ数日登場している西山君は、僕のブログを読んでくれている事を、こちらが照れるくらい繰り返し、繰り返し伝えてくれます。そして、それが社交辞令ではないと感じる様な、たとえばあの記事はこうだったとか、あの時にこんなことを書いて居られましたよね、とか、実際に読んでいる人じゃないと絶対に分からない様な、かつ、書いた本人すら忘れ去ってしまっている内容のことシカジカを、事細かに伝えてくれたりするんです。


こういうの、すごくうれしいですよね^^


昨日戴いた手紙にも、上の西山君の例のように、他者の目から見た自分の過去が綴られていました。それはまぎれもなく、自分が生きていたあの時間に、その人も時同じくしてその場に在り、また同じ空気や気持ちを多少成りとも共有していた事実が明らかになることに他なりません。


他者が共有してくれていた過去の自分の時間を、他者という鏡を通して現在の私が見るとき、自分が生きてきた軌跡を確認する事ができます。自分は今生きているけれども、今果たして自分の存在はなんなのだろう、自分は何の為に生きているんだろう、これから自分はどこに行くんだろう、ということを、人は普段意識はしませんが、有意識無意識に関わらず、ゲームは進行して行きます。ゲームオーバーが来るまで、人はそのルールが分からないまま一生を終えて行きます。死んでもこのゲームのルールも何が正しいのかも、そもそもなんでこのゲームに参加しているのかすら、分からないまま生涯を終える。誰にも分からない。


神様に祈っても、答えを出してくれる訳で為し、なんとはなしに、ああ、こんな感じなのかな、という微かな光と希望を持って生きてる、それが生きているってことなのかな、と僕は思っています。


他者から差し出された自分の過去が、この朧げに不安をやり過ごす毎瞬間の連続に、仄かに一筋の希望を与えます。ああ、生きてて良かったね、ってこういう時に思う安堵の気持ちなのではないかと僕は思うんです。


ガリア戦記の中には、金や地位が在る程度有り、血統が高いとされている男が、謀略を企てる話が出てきます。ラテン語でそれを読んでいると、自負心と高貴のプライドに満ちていますが、儚くその野望が潰える。


また、ソロモン王が書いた「コヘレトの言葉(旧約聖書)」にも、「伝道の書(旧約聖書)」にもそんな話がゴマンと出てきます。切りがない。


謀略を企てる人の一生も、自分の人生も同じです。ルールも同じ。置かれている境遇や時間が違うだけで、全く一緒。理由が分からないまま生まれて来て、既にゲームに参加している人から見よう見まねでルールを学び、新しく参加するプレーヤーにルールを教え、ルールやゲームのコンテンツの意味がわからないまま、ゲームオーバーになる、それが人生なのではないでしょうか。


ゲームのルールは朧げにしか分からない。だけども次から次にゲームに参加してくるプレーヤーは後から後から湧いてくる。人の一生はこんな歴史の連続性の中に位置づけられている、と僕は考えています。


その中で、自分が教わった事を次のプレーヤーに教える事、そしてゲームオーバーになるまでそれを繰り返す事、それが「教育」なのでしょうし、「教え育てること」なのではないか、と僕は思っています。


教えることの意味や学ぶ事の意味は、正直良く分かりません。理由はわからないけれども、そうしなければならないし、せざるを得ない。そういう風に身体に基礎付けられている。これに抗おうと思っても容易ならざらんことです。そんなことはできない。だって人間はそうやって歴史を継ぎ足して今に至っているんですから。


ゲームをする時に、できるだけ極楽環境でプレーをしたい。その為には他のプレーヤーが邪魔者であってはいけませんし、他のプレーヤーが仲間でなければ行けません。そうしないと、快適にプレーを続ける事ができないですもの。


その為に、大人は子どもに教え育てる。それが教育の本質、親の躾、大人から子どもへの贈り物なのではないか、と僕は考えています。


人間は社会を形成しなければ生きて行けません。これは社会的に実験が行なわれ、歴史が証明している所です。ロシアのミハイルバクーニンによって唱えられた無政府主義も、ついぞ社会においてその態を為す事は在りませんでした。


無秩序、無政府、無態勢では人間は生きる事ができないのです。俺は群れるの嫌いだからさ、って言ってる人だって、絶対に独りでは生きて行く事ができない。無人島で生活する人は、色々なことを考えたりすると思うんですけれど、独りで群れずに生きて行くんだから、何も考えずに楽しく生きて行けば良いと思うんです。でも、そんなことは絶対に起こらない。無人島にいる独り身だって、過去を振り返ったり、今後どうなるんだろう、という考えが頭を過るはずだから。それは果たして誰に対して向けられているのでしょう。自己?まさかね。望郷の念やサウダージは、独りでは生きて行けない、ことへの人間の無意識の原点回帰なのでしょうし、それがデフォルトでなければ、人は人ではあり得ません。


独り、母を思い、家族を思い返し、父を想い、兄弟を憶い、友人を懐かしむ。その独りの気持ちは既に独りのものではなく、他者との時間の共有そのものなのです。


話が長くなりました。畢竟、子どもを立派な成熟した市民として一定数社会に送り出し続けないと、人間は滅んでしまう、その為に誰の責任とか、誰の所為とかではなく、これはもう、関わる大人全員で必死になって子どもを育てないと行けない。僕はそう思っています。関わる大人全員が、子どもを立派な成熟した市民にする責任があり、義務があるんです。


よく、義務教育なんだからしっかり勉強しなさい、というような事を仰る人、いらっしゃいますけど、これって子どもに伝える言葉として間違っているんです。義務教育というのは、イギリスの産業革命の時に、児童労働が大変な問題になって、このままではイギリスがダメになる、と資本家達は考え、親は子どもを働かせてその金で酒を呑んだり、遊びほうけたりせず、きちんと親として子どもを教育して立派な青年にする義務を負いなさい、という理由で始まったことなんです。だから、教育を受ける権利を持つのは子どもの方で、教育を受けさせる義務を負うのは大人の方なんです。ぜんぜん事の筋目が違う。


大人は子どもに勉強してもらう為に、背中で教えないといけないね、と僕は西山君や高木君(鎌倉学園中高の英語の先生。高木君については愛情を込めていつかブログに書きます。彼も僕の親友です。)と話すのですが、それはもう、人類への一大コミットメントだと僕らは信じて疑いません。


ですから、何故勉強するんですか、とか、どうして本を読むの、とかいう問いすらもバカバカしいというか、そんなの、当たり前じゃないか、と僕らは思っているんです。


大人が馬鹿だと子どもも馬鹿になります。大人が勉強する姿を見せ続けないのに、子どもがどうして学びましょう。大人が遊びに感けて本なぞ読まなければ、どうして子どもが書物に学びを起動しましょうか。


勉強しなさい、と言うのは易いことです。でも、勉強することが大切なんだ、と黙って背中で伝え続ける事でしか、子ども達に学ぶ事の大切さ、そして学びの先に、自分も大人になったらきちんと子どもを育てなければ行けないんだ、という、人類のDNAに組み込まれた回路を正常に作動させることは、不可能だと思っています。


長くなってすみません。学ぶ、教える、は対概念です。どちらが欠けてもいけない。



ではまた^^

2015年3月30日月曜日

セリヌンティウスよ、ありがとう。


親友が夕方、京都に帰って行きました。この三日間の勉強会の充実度は、過去の経験を数えても、指折りの高揚感とコンテンツの高さを持っていました。彼と親友で居られる事は本当に幸せなことだ、と神様に感謝しています。

思えば彼との付き合いももう八年になりましょうか。ブログでメールをやり取りした事がキッカケでした。社会人になってから出来た友達、同業者であり、戦友でもある。遠く距離を隔て、お互いにそれぞれ、京都と博多で教鞭をとっていますが、暫く会わなくても、自然とその間柄には、チョイとも不自然や不都合の隙間風が吹かぬ。良い間柄です。

さて、土曜日の夜から、僕らはまず話に花が咲きました。福沢諭吉さんのこと、お互いに読んでいる本の事、古典の話、音楽の話、生徒との関わり、英語の話、英語の発音の話、ロジックの話、いかに同時通訳トレーニングが大事か、ということ、授業をする際の心構えの話、生徒に学びが起動する時は如何なる時かという話、肉はどういう風に焼けば肉汁が出て美味いかという話、美味いワインの話、You are what you eat の話、ローマ人の話、ラテン語を勉強する時の面白さについての話、自然に遊ぶという事について、生身の身体を鍛え身体感覚を研ぎすます事、センスの感度を常に高く保っている事、生徒を褒める話、先生として何が大事なんだろうという話、父親の話、兄弟の話、夫婦の話、Amazonで買い物をし過ぎてしまい困ったものだという話、数え挙げれば遑がない、という訳で、もう、仲が良いもんだから、これを馬鹿笑いしながら遣っている訳です。

日曜日、朝早く起きて、折角二人で集まっているのだから、と福沢諭吉先生の生家を訪おう、という話になり、車でいろんな話をしながら中津まで行きました。途中で教え子から電話が掛かって来たり、と、テンヤワンヤでしたが、それもまた喜ばしからずや、デシて、まあ、思いつきでどんどん進んで行った。

福沢諭吉先生の生家の記念館は二階建ての戸建住宅ほどの広さしかありませんでしたが、西山君も僕も、先生の資料や写真に食い入るように見入り、そこで1時間半も時間を過ごしました。

折角だからと中津城にも寄りましたが、そこは10分とも居ませんで、耶馬渓谷の大自然をドライブしながら、天瀬温泉の公衆露天風呂に入って互いの筋肉を自慢し合い、途中久留米で丸星ラーメンを食べて福岡に戻ってきました。

夜は、授業で生徒に英語好きになって貰いたいが、その為に何をしているか、という話になり、二人で洋楽をたくさん聴いて、一緒に歌いました。授業で掛けると生徒が盛り上がる曲、あるいは盛り上がらないけれどもアンコールリクエストが多い渋めの曲は何か、などの話をして、世の英語授業ではまず以て絶対に掛からない様なマイナーな曲で、けれども生徒がとても興味深く聴く曲を紹介したりしました。西山君は熱心にメモを取っていて、生徒達への愛情を深く感じました。

その後、家の近所には、大変美味しい個人経営の焼き肉屋さんがあり、そこの大将が出すハラミは僕が一等好んでいる肉なのですが、どうしても西山君に食べさせたくて、そこに出掛けて行きました。

肉は焼きすぎずにさっと焼き、その後、焼いた時間と同じくらい皿の上で寝かせると、肉から焼けた後の肉汁が滲み出して、肉が美味くなるんだ、塩は最初から振ってはいけませんで、これは食べる前に振ると好い、とかなんとかいう話をして、二人で美味いハラミを食べ、ビールを飲みました。

家に戻ると、そろそろ英語の話もしとかないと、英語から祟られましょう、という訳でもないけれども、まあ、何とは無しに、クリントン大統領が民主党の党大会でオバマ再選の応援演説をしたものがyoutubeにあって、それのスクリプトをみながら、二人で机について、それをみて、トレーニングをしました。
https://www.youtube.com/watch?v=i5knEXDsrL4

その際に、発音の仕方とか、どういう風に生徒に指導をすれば良いのか、というような話をしたり、英語の発話は力を抜いて話しているんだけれども、どうも日本人が発音する時には肩に力が入っている場合が多いから、リラックスして発音したことが良いことなどを話しました。発音がきちんとできることが英語として大事なのだ、という話で盛り上がった。英語教師が、英語の発音なぞ拙くて、生徒に示しが就かぬ、生徒に猜疑心を擡げさせぬには、英語の発音がきちんと出来る事は畢竟、英語教師の心得だ、と二人で納得しました。英語の音は子音で弾いて母音で抜く、という波形の話もその時にいたしました。

カクカクシカジかの話をし、私たちに英語の本質を授けて下さったKHシステムの国井先生と橋本先生の偉大さを二人で改めて感じ入って居りました。

http://www.amazon.co.jp/dp/4757403054/ref=pd_lpo_sbs_dp_ss_1?pf_rd_p=187205609&pf_rd_s=lpo-top-stripe&pf_rd_t=201&pf_rd_i=4757406207&pf_rd_m=AN1VRQENFRJN5&pf_rd_r=07XQ90WDY8Z2WKEAQJ7E

その後、自宅でワインを飲みながら、居間の梁にぶら下がったり腕立て伏せをするというような筋トレをしながら、その晩はじゃあ寝ましょうか、というんで、酔いに負けずにきちんと就寝し、今朝は朝から腹が減った、腹が減ったと言いながら、志賀島の潮見公園まで行って福岡を一望し、その後、僕が20年来通っている「味の正福」に彼を伴い、胡麻鯖定食と美味い卵焼きに舌鼓を打ちました。

その後、二人でジュンク堂に行き、本を買って、家で本を読み、その後、軽く談笑して、博多駅まで彼を送り、送別しました。

4月の29日に、博多で勉強会をしよう、という約束をしています。これに期待を込め、色々な学びを深めたい、という想いを込めて、勉強を深めて再会しようと約束しました。互いに新学期が始まり、慌ただしくなると思いますが、再会の時まで、しっかりと友情や交わりを深め、学びを深くし、共に愛情を持って交友を深めて行きたい、と気持ちを新たにしました。

既に、4/29の予定、5月に我が家に三名の志しある先生を招き勉強会、さらに八月には熱海にて勉強合宿を一泊二日で計画しています。合宿では、授業をお互いにして、褒め合い、その中で工夫や改善を話し合う、古典や漢文を輪読する(解釈や文法議論ではなく、音で古典漢文を楽しむ会:酒を呑みながら)、英語の文学作品を輪読する(これも、古典漢文輪読と同じ要領で車座に腰掛け、集まった人で英語を声に出して読んで行くのです)、英語でディスカッションする、などを計画しています。

賛同される方は是非参加して頂き、共に学びを深めたいと考えています。僕の方までメールを下さい。
dassenglish73@gmail.com

そういえば、先日、内田樹先生に、古典漢文の輪読をするんです、とメールをしたら、是非全国に輪を拡げてください、と励ましのお便りを戴きました。有り難い事です。

みなさんと学ぶ楽しさを味わいながら、良き学びの輪を作って行けたら、と願っています。

ではまた^^



2015年3月29日日曜日

有朋自遠方来、不亦楽乎

有朋自遠方来、不亦楽乎

京都から親友が泊まりに来て、随分と色々なことを話し込みました。教育について、語学について、授業について、生徒について、学びについて、教わる事について、身体について、古典について、宗教について、話は縦横に行交って、尽きる事がなく、眠気に飲み込まれる侭、そのままバタンキュー。良い宴でした。

彼との出会いはかれこれ8年来ということになりましょうか。お互いにブログなどを通じて知り合ったのだと記憶していますが、間三年ほどのブランクを経て、久し振りの再開、しかも我が家にお招きしてのロングセッションとなれば、本当に酒が不味かろうはずがない。

話はつきませんので、どんどん話す。話していると次々にトピックが継ぎ足されて、話がどんどん新しい展開を生む。展開を生んだら新たなトピックの据わり所が出来て、そこから新しい話題が、といった具合。

僕らが是々非々としているところは「好きなことを、好きなときに、好きなだけ」というモットーだけで、その他は後先なんか、ぜんぜん考えていない笑。

楽しければ良いんです。自分が楽しい事を、好きなだけ楽しんで、大声で笑う、これほど幸せな事はないのです。金なんかはないけれども、身一つ、学を為し、身体を鍛え、感覚を森羅万象に呼応できるよう研ぐ、というようなライフスタイルを由として暮らしているもの同士、気が合わないはずがありません。

お互い深酒をしたわけでもありませんが、今朝もきちんと六時半には、起こすとも起こされるともなく起床し、朝から二人で話が徐に始まる。良い朝です。

授業の手法等の勉強会を今日はやります。夜はその為にとっていますので、今日は彼と授業そのものについての色々なことを話します。来る4月29日に勉強会をする予定にしていますので、その事についても詰めねばいけない。あー、楽しい^^
勉強会の詳細はこちらです^^ 
皆さん、身一つで来てくださいね。

詳細はこちらです。

http://dassenglish.blogspot.jp/2015/03/blog-post_17.html

文言は厳しい事を書いていますが、取って食う訳で為し、楽しみながら、学びを深められたら、と思っています。

ではまた^^





2015年3月28日土曜日

「草枕」読了。

南区にある「坂井歯科」は僕がずっとお世話になっている歯医者さんで、僕の歯の事を誰よりも好く分かってくださってある先生。懇意に通わせて頂いている。十年来の通院でしょうか。


僕はサボリ癖があるもんだから、坂井先生、携帯にお電話を下さって、休むな、早く歯医者に来なさい、と矢の催促。逃げ回ってン数年、とうとう観念しまして笑、去年の下半期中頃から真面目に通院しています。


博多弁丸出しで、余計な事を仰らないとても素敵な先生。笑顔が素敵で、様々に造詣が深く、治療の合間の含嗽の折に、面白い話をしてくださいます。


今日は、大塚ムネトさんという俳優さんが運営なさってある「ギンギラ太陽'S」という劇団の事を教えてくださいました。ト申しますのも、僕が博多座公演「めんたいぴりり」を観に行って、非常に好かった、と興奮気味に語ったのがキッカケでした。


先生と奥様のお二人が僕の治療を仕手くださるのですが、今日は演劇話と博多弁について、話が咲きました。先生の寛い見識に頭が下がる想いがしました。


今日は歯の取り付けを仕手くださるとのことで、前回の治療時に、次回は1時間くらい掛かるから、との旨、告げられていましたので、自宅から「草枕」と「福翁自伝」の二冊を持参していました。


「草枕」は佳境に入っていましたので、治療のト中で、読了しました。読了後の判然としなさ加減は、狐につままれたようなものでしたが、巻末の解説を読み、これが漱石による文壇への批評の念を以て編まれた文である事が分かり、得心しました。なるほどね。


実は三日前に、ジュンク堂にて、漱石の「文学論」という分厚い本を上下二冊購入していました。中には数式の様なものと英文と難しい日本語がビッシリ書いてあり、活字慣れしていない人ですと、頭くらくら、胸がむかむか、としてくるような代物なのですが笑、その内容をパラパラと捲って、何が書いてあるんだろう、と思って少しだけ齧り読んで居たのです。


そこには、小説という藝術はいかなるものなのか、という事が明晰な分析と、知的な論理展開により、複雑且つ詳らかに、漱石流に解析されていました。うわー、なんか、俺、すごいもの、家に連れて来ちゃったなー、と苦笑いしてしまいましたが、致し方あるまい笑。まぁ、もう貰って来たのだから、メンドウをみてやらないと行けない、という訳で、元々、僕は世話焼きだろうし、マァ、何とかなるだろう、と思い、デスクの脇に、ぽんと置きました。


「草枕」の解説の中に、漱石が明治の文壇では「余裕派」と呼ばれており、その当時は一般に大変な人気を博していた所為か、彼の書いた小説は文学的な評価をきちんと受けてはいなかったと書いてありました。アラァ、そうだったんだ、と、僕はそんなことを知らなかったので、驚きました。僕は芭蕉が大変な著名人で、江戸の人気者だった、ということと重ねて、これだけ普く読まれているわけだし、お札の顔にもなるぐらいだから、吃と漱石も其れ相応な評価を受けてしかるべき、と受け止めていたのです。そうではなかったんですね。


その当時の小説家達がフランス文壇の「写実主義」の熱病に冒されて、濛昧的にスタイルや様式を敷いて、模倣以上の何かを作ろうと心血を注いだことに対するアンチテーゼの様な書き方で、漱石は「草枕」を筆した、と解説者の柄谷行人先生は書いて居られます。


その実、「草枕」発表の後、自己弁護的に、この小説の意義と位置づけ、並びに明治の文壇の主流を為す理念や論理風潮を痛烈に批判する意味で、この小説を書いたことが、同解説にて詳らかにされていました。


漱石が東大で行なった講義を「文学論」として文章に纏めたかったのも、彼の作家気質というよりは、日本の文学に根を下ろすものを、西洋の其れに感けて辱めてはいけない、という、学者であり教師であり、古典漢文の素養を全身で表現した表現者である漱石の面目如実と云ったところなのでしょう。うーむ、なんだか難しくなってきた笑。


僕はただの読者なので、あまり小難しいことを考えながら、意義を見いだす為に小説を読む事はバカバカしいな、と思っています。だから、筋を追って、中身に感嘆すればそれでよろしいと思っていますが、漱石は草枕の中で、小説というのは、そういうものなのだよ、と書いてくれていて、僕はとても気持ちが温かくなりました。なんだ、気楽な気持ちで読んで良いんじゃん、って笑。


那美さん、という女性が出て来て、主人公の絵描きと会話をする場面があります。そこで、絵描きの青年男性が小説をチラ読みしているんです。そこで、なんの話を読んでいるのか、と那美さんは尋ねますが、ただ読んでいるだけで、筋なんかどうでも良いんだ、と青年は言い放ちます。小説なんて、所詮そんなもんなんだよ、って。どこから読もうが、良いんだ、って書いています。


じゃあ筋はなくても良いのか、って話に成りますが、それはそうではなくて、その後の漱石の作品が全て草枕的なのか、と云えば、そうではありません。全て緻密に計算された筋で以て話が進行していくものばかりです。


さて、土曜日の朝から読む様な内容ではありませんので、この辺で閉じますが笑、子どもの頃に夢中になって読んだ「坊ちゃん」や「我が輩は猫である」「それから」「こころ」「三四郎」などをもう一度読み返してみたい、と思いました。


子どもの頃に「草枕を読め」だの、「虞美人草が良いから読みなさい」と云われていたら、漱石の本が嫌いになっていたと思います笑。


さて、草枕が終わりましたので、存分に福翁自伝に感けることが出来ます。楽しいです。


皆さん、良い週末を^^


ではまた^^

2015年3月26日木曜日

外国語学習覚え書き


ラテン語の勉強をしていて、外国語を学ぶ時の身体感覚について、考える機会ができました。20代後半から30代前後半に掛けて、英語を我武者らに勉強していた時の身体感覚を身体が憶えていて、大体このような感じになるのではないか、とラテン語学習を通じて再確認しています。


僕は先ず、興味があるもの、面白そうだ、と自分が感じたものに飛びつきます。そして、マァ素人ですから、オイソレと直ぐにできはしないのですが、取り敢えず自分の興味関心の根が張って落ち着いて来るまで、ひたすら夢中になります。


そうすると、ただ夢中なだけでは、それ以上前に進めなくなることが分かって来るんです。ハハァん、このゲームにはルールがあるのだな、と気づくんです。


そうしてから、じゃあそのルールに少しずつ向き合いましょうか、という手合いになり、ルールを学び始める。そして、ルールブックに則るものは、トニカクひたすらコピーして真似をする、という塩梅です。


この作業を繰り返していると、ある日突然、breakthroughが起こる時が来る。


あ、なんか、分かる、と身体で理解できていることが認識される。


そののちは、大量にゲームをプレーして経験を積む、という流れになるのです。


これが僕が英語を勉強していた時に身につけた外国語学習の身体感覚です。僕は何語を勉強するにしても、このやり方を全て踏襲するようにしています。


ボサノバというブラジルの音楽がありまして、ジョアンジルベルトという翁の曲を随分と繰り返し聴きましたが、ポルトガル語なんか、ちっとも分からない。ケレドも、ジョアン翁の爪弾く美しいギターの旋律とともに発せられる美しいポルトガル語の響きに惹き付けられ、止せば良いのに、ポルトガル語を少し勉強したことがあります。20代の後半だったと思う。


初めはこっちは勉強なんて思っていない。トニカク、ジョアン翁のようなカッコいい唄い方でボサノバを唄ってみたいものだ、というただその一心で、ひたすら曲を掛け、歌詞カードを見ながら真似て唄う、の繰り返し。


その後、どんな意味なんだろう、と気になり出して、歌詞の和訳を読んでみる。そうこうしているうちに、この語の和訳はこれだから、おそらくこの語は、なになにそれがし、という意味なんでしょう、と渡りをつける。


すると、今度は語順が気になり出す。これでは埒があかないという訳で、いよいよ文法書を買おう、辞書を買おう、という話に成る。そして毎日、兎に角音声を聞き、それを真似て発音し、帳面に例文や単語をひたすら書き綴ってポルトガル語を憶えていく、という次第です。


終ぞポルトガル語はものになりませんでした。時間を大層掛ける暇を惜しむ気持ちに掛けていたのか知らん。腰を据え、性根を降ろしてやっておけば少しは分かるようにはなったでしょう。

また、思い返せば、中学二年生の折、物故のMichael Jackson氏が来日公演を行って居り、僕は塾帰り、テレビジョンでその踊る様を観て、氏の虜となり、上述と同様の手法で、ただひたすら、マイケル氏の歌真似を延々繰り返し、辞書を引いて歌詞を和訳し、諳んじて憶えたのが英語学習事始めです。


今、ラテン語、漢文を勉強しています。マァ、これは純然たる趣味なので、勉強というほど高尚に呼ぶと厚顔が過ぎまス。ですが、先に云ったポルトガル語の例がピタリと当て嵌まる。なるほど、外国語は先ず、興味を持ち、夢中になってそれと遊び、その後、遊びのルールを学び、さらにルールが分かったらひたすら繰り返し稽古をする、という過程が一等しっくりと来て、習得が早いのだな、とラテン語を勉強しながら思った次第です。


英語を生徒に教える時、この「言葉と遊ぶ」ことを端折り、「ゲームのルール」から入る。子どもはゲームなぞ、したこともないのに、このゲームをしなさい、と首輪を掛けられ、ひたすらゲームに有用なアイテムを憶えさせられる。なんのことはない、これでは外国語に慣れ親しむのに片落ちなのではないか、と、僕はフト考えました。


外国語の美しさや響き、言葉の妙に胸焼かれるとき、恋の桃色に似て、心は高揚し、居ても立っても居られぬような、やっきもっきとした気持ちが心に溢れ出す。そんな甘い蜜のような経験がなければ、ナカナカ外国語を一生懸命に勉強したい、とは思わないのではないか、と僕自身の外国語学習経験を通して考え直しているところです。


楽しい事は続けたいけれども、楽しくない事はなかなかどうして、続きません。楽しい、面白い、知りたい、やってみたい、という気持ちを、生徒達の心に醸造せしめ、横溢させしむる為に、仕事の遣り方を考え直してみたい、と僕はラテン語の勉強をしながら思いました。


Omnes beati esse cupint. 人はみな幸せになりたいと思う。



ではまた^^

もっとも大いなるもの

単語の綴りを一生懸命練習するけれど、何度も、何度も間違える子がいる。 でも、授業中、何度もうなづきながら説明を聞き、話に耳を傾け、大きな声で歌を歌う。フォニックスの発音を、口を縦横いっぱいに開けて発音する。 oshienと単語テストに書いてきた。oc...