2015年3月30日月曜日

セリヌンティウスよ、ありがとう。


親友が夕方、京都に帰って行きました。この三日間の勉強会の充実度は、過去の経験を数えても、指折りの高揚感とコンテンツの高さを持っていました。彼と親友で居られる事は本当に幸せなことだ、と神様に感謝しています。

思えば彼との付き合いももう八年になりましょうか。ブログでメールをやり取りした事がキッカケでした。社会人になってから出来た友達、同業者であり、戦友でもある。遠く距離を隔て、お互いにそれぞれ、京都と博多で教鞭をとっていますが、暫く会わなくても、自然とその間柄には、チョイとも不自然や不都合の隙間風が吹かぬ。良い間柄です。

さて、土曜日の夜から、僕らはまず話に花が咲きました。福沢諭吉さんのこと、お互いに読んでいる本の事、古典の話、音楽の話、生徒との関わり、英語の話、英語の発音の話、ロジックの話、いかに同時通訳トレーニングが大事か、ということ、授業をする際の心構えの話、生徒に学びが起動する時は如何なる時かという話、肉はどういう風に焼けば肉汁が出て美味いかという話、美味いワインの話、You are what you eat の話、ローマ人の話、ラテン語を勉強する時の面白さについての話、自然に遊ぶという事について、生身の身体を鍛え身体感覚を研ぎすます事、センスの感度を常に高く保っている事、生徒を褒める話、先生として何が大事なんだろうという話、父親の話、兄弟の話、夫婦の話、Amazonで買い物をし過ぎてしまい困ったものだという話、数え挙げれば遑がない、という訳で、もう、仲が良いもんだから、これを馬鹿笑いしながら遣っている訳です。

日曜日、朝早く起きて、折角二人で集まっているのだから、と福沢諭吉先生の生家を訪おう、という話になり、車でいろんな話をしながら中津まで行きました。途中で教え子から電話が掛かって来たり、と、テンヤワンヤでしたが、それもまた喜ばしからずや、デシて、まあ、思いつきでどんどん進んで行った。

福沢諭吉先生の生家の記念館は二階建ての戸建住宅ほどの広さしかありませんでしたが、西山君も僕も、先生の資料や写真に食い入るように見入り、そこで1時間半も時間を過ごしました。

折角だからと中津城にも寄りましたが、そこは10分とも居ませんで、耶馬渓谷の大自然をドライブしながら、天瀬温泉の公衆露天風呂に入って互いの筋肉を自慢し合い、途中久留米で丸星ラーメンを食べて福岡に戻ってきました。

夜は、授業で生徒に英語好きになって貰いたいが、その為に何をしているか、という話になり、二人で洋楽をたくさん聴いて、一緒に歌いました。授業で掛けると生徒が盛り上がる曲、あるいは盛り上がらないけれどもアンコールリクエストが多い渋めの曲は何か、などの話をして、世の英語授業ではまず以て絶対に掛からない様なマイナーな曲で、けれども生徒がとても興味深く聴く曲を紹介したりしました。西山君は熱心にメモを取っていて、生徒達への愛情を深く感じました。

その後、家の近所には、大変美味しい個人経営の焼き肉屋さんがあり、そこの大将が出すハラミは僕が一等好んでいる肉なのですが、どうしても西山君に食べさせたくて、そこに出掛けて行きました。

肉は焼きすぎずにさっと焼き、その後、焼いた時間と同じくらい皿の上で寝かせると、肉から焼けた後の肉汁が滲み出して、肉が美味くなるんだ、塩は最初から振ってはいけませんで、これは食べる前に振ると好い、とかなんとかいう話をして、二人で美味いハラミを食べ、ビールを飲みました。

家に戻ると、そろそろ英語の話もしとかないと、英語から祟られましょう、という訳でもないけれども、まあ、何とは無しに、クリントン大統領が民主党の党大会でオバマ再選の応援演説をしたものがyoutubeにあって、それのスクリプトをみながら、二人で机について、それをみて、トレーニングをしました。
https://www.youtube.com/watch?v=i5knEXDsrL4

その際に、発音の仕方とか、どういう風に生徒に指導をすれば良いのか、というような話をしたり、英語の発話は力を抜いて話しているんだけれども、どうも日本人が発音する時には肩に力が入っている場合が多いから、リラックスして発音したことが良いことなどを話しました。発音がきちんとできることが英語として大事なのだ、という話で盛り上がった。英語教師が、英語の発音なぞ拙くて、生徒に示しが就かぬ、生徒に猜疑心を擡げさせぬには、英語の発音がきちんと出来る事は畢竟、英語教師の心得だ、と二人で納得しました。英語の音は子音で弾いて母音で抜く、という波形の話もその時にいたしました。

カクカクシカジかの話をし、私たちに英語の本質を授けて下さったKHシステムの国井先生と橋本先生の偉大さを二人で改めて感じ入って居りました。

http://www.amazon.co.jp/dp/4757403054/ref=pd_lpo_sbs_dp_ss_1?pf_rd_p=187205609&pf_rd_s=lpo-top-stripe&pf_rd_t=201&pf_rd_i=4757406207&pf_rd_m=AN1VRQENFRJN5&pf_rd_r=07XQ90WDY8Z2WKEAQJ7E

その後、自宅でワインを飲みながら、居間の梁にぶら下がったり腕立て伏せをするというような筋トレをしながら、その晩はじゃあ寝ましょうか、というんで、酔いに負けずにきちんと就寝し、今朝は朝から腹が減った、腹が減ったと言いながら、志賀島の潮見公園まで行って福岡を一望し、その後、僕が20年来通っている「味の正福」に彼を伴い、胡麻鯖定食と美味い卵焼きに舌鼓を打ちました。

その後、二人でジュンク堂に行き、本を買って、家で本を読み、その後、軽く談笑して、博多駅まで彼を送り、送別しました。

4月の29日に、博多で勉強会をしよう、という約束をしています。これに期待を込め、色々な学びを深めたい、という想いを込めて、勉強を深めて再会しようと約束しました。互いに新学期が始まり、慌ただしくなると思いますが、再会の時まで、しっかりと友情や交わりを深め、学びを深くし、共に愛情を持って交友を深めて行きたい、と気持ちを新たにしました。

既に、4/29の予定、5月に我が家に三名の志しある先生を招き勉強会、さらに八月には熱海にて勉強合宿を一泊二日で計画しています。合宿では、授業をお互いにして、褒め合い、その中で工夫や改善を話し合う、古典や漢文を輪読する(解釈や文法議論ではなく、音で古典漢文を楽しむ会:酒を呑みながら)、英語の文学作品を輪読する(これも、古典漢文輪読と同じ要領で車座に腰掛け、集まった人で英語を声に出して読んで行くのです)、英語でディスカッションする、などを計画しています。

賛同される方は是非参加して頂き、共に学びを深めたいと考えています。僕の方までメールを下さい。
dassenglish73@gmail.com

そういえば、先日、内田樹先生に、古典漢文の輪読をするんです、とメールをしたら、是非全国に輪を拡げてください、と励ましのお便りを戴きました。有り難い事です。

みなさんと学ぶ楽しさを味わいながら、良き学びの輪を作って行けたら、と願っています。

ではまた^^



2015年3月29日日曜日

有朋自遠方来、不亦楽乎

有朋自遠方来、不亦楽乎

京都から親友が泊まりに来て、随分と色々なことを話し込みました。教育について、語学について、授業について、生徒について、学びについて、教わる事について、身体について、古典について、宗教について、話は縦横に行交って、尽きる事がなく、眠気に飲み込まれる侭、そのままバタンキュー。良い宴でした。

彼との出会いはかれこれ8年来ということになりましょうか。お互いにブログなどを通じて知り合ったのだと記憶していますが、間三年ほどのブランクを経て、久し振りの再開、しかも我が家にお招きしてのロングセッションとなれば、本当に酒が不味かろうはずがない。

話はつきませんので、どんどん話す。話していると次々にトピックが継ぎ足されて、話がどんどん新しい展開を生む。展開を生んだら新たなトピックの据わり所が出来て、そこから新しい話題が、といった具合。

僕らが是々非々としているところは「好きなことを、好きなときに、好きなだけ」というモットーだけで、その他は後先なんか、ぜんぜん考えていない笑。

楽しければ良いんです。自分が楽しい事を、好きなだけ楽しんで、大声で笑う、これほど幸せな事はないのです。金なんかはないけれども、身一つ、学を為し、身体を鍛え、感覚を森羅万象に呼応できるよう研ぐ、というようなライフスタイルを由として暮らしているもの同士、気が合わないはずがありません。

お互い深酒をしたわけでもありませんが、今朝もきちんと六時半には、起こすとも起こされるともなく起床し、朝から二人で話が徐に始まる。良い朝です。

授業の手法等の勉強会を今日はやります。夜はその為にとっていますので、今日は彼と授業そのものについての色々なことを話します。来る4月29日に勉強会をする予定にしていますので、その事についても詰めねばいけない。あー、楽しい^^
勉強会の詳細はこちらです^^ 
皆さん、身一つで来てくださいね。

詳細はこちらです。

http://dassenglish.blogspot.jp/2015/03/blog-post_17.html

文言は厳しい事を書いていますが、取って食う訳で為し、楽しみながら、学びを深められたら、と思っています。

ではまた^^





2015年3月28日土曜日

「草枕」読了。

南区にある「坂井歯科」は僕がずっとお世話になっている歯医者さんで、僕の歯の事を誰よりも好く分かってくださってある先生。懇意に通わせて頂いている。十年来の通院でしょうか。


僕はサボリ癖があるもんだから、坂井先生、携帯にお電話を下さって、休むな、早く歯医者に来なさい、と矢の催促。逃げ回ってン数年、とうとう観念しまして笑、去年の下半期中頃から真面目に通院しています。


博多弁丸出しで、余計な事を仰らないとても素敵な先生。笑顔が素敵で、様々に造詣が深く、治療の合間の含嗽の折に、面白い話をしてくださいます。


今日は、大塚ムネトさんという俳優さんが運営なさってある「ギンギラ太陽'S」という劇団の事を教えてくださいました。ト申しますのも、僕が博多座公演「めんたいぴりり」を観に行って、非常に好かった、と興奮気味に語ったのがキッカケでした。


先生と奥様のお二人が僕の治療を仕手くださるのですが、今日は演劇話と博多弁について、話が咲きました。先生の寛い見識に頭が下がる想いがしました。


今日は歯の取り付けを仕手くださるとのことで、前回の治療時に、次回は1時間くらい掛かるから、との旨、告げられていましたので、自宅から「草枕」と「福翁自伝」の二冊を持参していました。


「草枕」は佳境に入っていましたので、治療のト中で、読了しました。読了後の判然としなさ加減は、狐につままれたようなものでしたが、巻末の解説を読み、これが漱石による文壇への批評の念を以て編まれた文である事が分かり、得心しました。なるほどね。


実は三日前に、ジュンク堂にて、漱石の「文学論」という分厚い本を上下二冊購入していました。中には数式の様なものと英文と難しい日本語がビッシリ書いてあり、活字慣れしていない人ですと、頭くらくら、胸がむかむか、としてくるような代物なのですが笑、その内容をパラパラと捲って、何が書いてあるんだろう、と思って少しだけ齧り読んで居たのです。


そこには、小説という藝術はいかなるものなのか、という事が明晰な分析と、知的な論理展開により、複雑且つ詳らかに、漱石流に解析されていました。うわー、なんか、俺、すごいもの、家に連れて来ちゃったなー、と苦笑いしてしまいましたが、致し方あるまい笑。まぁ、もう貰って来たのだから、メンドウをみてやらないと行けない、という訳で、元々、僕は世話焼きだろうし、マァ、何とかなるだろう、と思い、デスクの脇に、ぽんと置きました。


「草枕」の解説の中に、漱石が明治の文壇では「余裕派」と呼ばれており、その当時は一般に大変な人気を博していた所為か、彼の書いた小説は文学的な評価をきちんと受けてはいなかったと書いてありました。アラァ、そうだったんだ、と、僕はそんなことを知らなかったので、驚きました。僕は芭蕉が大変な著名人で、江戸の人気者だった、ということと重ねて、これだけ普く読まれているわけだし、お札の顔にもなるぐらいだから、吃と漱石も其れ相応な評価を受けてしかるべき、と受け止めていたのです。そうではなかったんですね。


その当時の小説家達がフランス文壇の「写実主義」の熱病に冒されて、濛昧的にスタイルや様式を敷いて、模倣以上の何かを作ろうと心血を注いだことに対するアンチテーゼの様な書き方で、漱石は「草枕」を筆した、と解説者の柄谷行人先生は書いて居られます。


その実、「草枕」発表の後、自己弁護的に、この小説の意義と位置づけ、並びに明治の文壇の主流を為す理念や論理風潮を痛烈に批判する意味で、この小説を書いたことが、同解説にて詳らかにされていました。


漱石が東大で行なった講義を「文学論」として文章に纏めたかったのも、彼の作家気質というよりは、日本の文学に根を下ろすものを、西洋の其れに感けて辱めてはいけない、という、学者であり教師であり、古典漢文の素養を全身で表現した表現者である漱石の面目如実と云ったところなのでしょう。うーむ、なんだか難しくなってきた笑。


僕はただの読者なので、あまり小難しいことを考えながら、意義を見いだす為に小説を読む事はバカバカしいな、と思っています。だから、筋を追って、中身に感嘆すればそれでよろしいと思っていますが、漱石は草枕の中で、小説というのは、そういうものなのだよ、と書いてくれていて、僕はとても気持ちが温かくなりました。なんだ、気楽な気持ちで読んで良いんじゃん、って笑。


那美さん、という女性が出て来て、主人公の絵描きと会話をする場面があります。そこで、絵描きの青年男性が小説をチラ読みしているんです。そこで、なんの話を読んでいるのか、と那美さんは尋ねますが、ただ読んでいるだけで、筋なんかどうでも良いんだ、と青年は言い放ちます。小説なんて、所詮そんなもんなんだよ、って。どこから読もうが、良いんだ、って書いています。


じゃあ筋はなくても良いのか、って話に成りますが、それはそうではなくて、その後の漱石の作品が全て草枕的なのか、と云えば、そうではありません。全て緻密に計算された筋で以て話が進行していくものばかりです。


さて、土曜日の朝から読む様な内容ではありませんので、この辺で閉じますが笑、子どもの頃に夢中になって読んだ「坊ちゃん」や「我が輩は猫である」「それから」「こころ」「三四郎」などをもう一度読み返してみたい、と思いました。


子どもの頃に「草枕を読め」だの、「虞美人草が良いから読みなさい」と云われていたら、漱石の本が嫌いになっていたと思います笑。


さて、草枕が終わりましたので、存分に福翁自伝に感けることが出来ます。楽しいです。


皆さん、良い週末を^^


ではまた^^

2015年3月26日木曜日

外国語学習覚え書き


ラテン語の勉強をしていて、外国語を学ぶ時の身体感覚について、考える機会ができました。20代後半から30代前後半に掛けて、英語を我武者らに勉強していた時の身体感覚を身体が憶えていて、大体このような感じになるのではないか、とラテン語学習を通じて再確認しています。


僕は先ず、興味があるもの、面白そうだ、と自分が感じたものに飛びつきます。そして、マァ素人ですから、オイソレと直ぐにできはしないのですが、取り敢えず自分の興味関心の根が張って落ち着いて来るまで、ひたすら夢中になります。


そうすると、ただ夢中なだけでは、それ以上前に進めなくなることが分かって来るんです。ハハァん、このゲームにはルールがあるのだな、と気づくんです。


そうしてから、じゃあそのルールに少しずつ向き合いましょうか、という手合いになり、ルールを学び始める。そして、ルールブックに則るものは、トニカクひたすらコピーして真似をする、という塩梅です。


この作業を繰り返していると、ある日突然、breakthroughが起こる時が来る。


あ、なんか、分かる、と身体で理解できていることが認識される。


そののちは、大量にゲームをプレーして経験を積む、という流れになるのです。


これが僕が英語を勉強していた時に身につけた外国語学習の身体感覚です。僕は何語を勉強するにしても、このやり方を全て踏襲するようにしています。


ボサノバというブラジルの音楽がありまして、ジョアンジルベルトという翁の曲を随分と繰り返し聴きましたが、ポルトガル語なんか、ちっとも分からない。ケレドも、ジョアン翁の爪弾く美しいギターの旋律とともに発せられる美しいポルトガル語の響きに惹き付けられ、止せば良いのに、ポルトガル語を少し勉強したことがあります。20代の後半だったと思う。


初めはこっちは勉強なんて思っていない。トニカク、ジョアン翁のようなカッコいい唄い方でボサノバを唄ってみたいものだ、というただその一心で、ひたすら曲を掛け、歌詞カードを見ながら真似て唄う、の繰り返し。


その後、どんな意味なんだろう、と気になり出して、歌詞の和訳を読んでみる。そうこうしているうちに、この語の和訳はこれだから、おそらくこの語は、なになにそれがし、という意味なんでしょう、と渡りをつける。


すると、今度は語順が気になり出す。これでは埒があかないという訳で、いよいよ文法書を買おう、辞書を買おう、という話に成る。そして毎日、兎に角音声を聞き、それを真似て発音し、帳面に例文や単語をひたすら書き綴ってポルトガル語を憶えていく、という次第です。


終ぞポルトガル語はものになりませんでした。時間を大層掛ける暇を惜しむ気持ちに掛けていたのか知らん。腰を据え、性根を降ろしてやっておけば少しは分かるようにはなったでしょう。

また、思い返せば、中学二年生の折、物故のMichael Jackson氏が来日公演を行って居り、僕は塾帰り、テレビジョンでその踊る様を観て、氏の虜となり、上述と同様の手法で、ただひたすら、マイケル氏の歌真似を延々繰り返し、辞書を引いて歌詞を和訳し、諳んじて憶えたのが英語学習事始めです。


今、ラテン語、漢文を勉強しています。マァ、これは純然たる趣味なので、勉強というほど高尚に呼ぶと厚顔が過ぎまス。ですが、先に云ったポルトガル語の例がピタリと当て嵌まる。なるほど、外国語は先ず、興味を持ち、夢中になってそれと遊び、その後、遊びのルールを学び、さらにルールが分かったらひたすら繰り返し稽古をする、という過程が一等しっくりと来て、習得が早いのだな、とラテン語を勉強しながら思った次第です。


英語を生徒に教える時、この「言葉と遊ぶ」ことを端折り、「ゲームのルール」から入る。子どもはゲームなぞ、したこともないのに、このゲームをしなさい、と首輪を掛けられ、ひたすらゲームに有用なアイテムを憶えさせられる。なんのことはない、これでは外国語に慣れ親しむのに片落ちなのではないか、と、僕はフト考えました。


外国語の美しさや響き、言葉の妙に胸焼かれるとき、恋の桃色に似て、心は高揚し、居ても立っても居られぬような、やっきもっきとした気持ちが心に溢れ出す。そんな甘い蜜のような経験がなければ、ナカナカ外国語を一生懸命に勉強したい、とは思わないのではないか、と僕自身の外国語学習経験を通して考え直しているところです。


楽しい事は続けたいけれども、楽しくない事はなかなかどうして、続きません。楽しい、面白い、知りたい、やってみたい、という気持ちを、生徒達の心に醸造せしめ、横溢させしむる為に、仕事の遣り方を考え直してみたい、と僕はラテン語の勉強をしながら思いました。


Omnes beati esse cupint. 人はみな幸せになりたいと思う。



ではまた^^

2015年3月25日水曜日

不倫はいけない。

同級生が栄転と成り、上京が決まりました。昨晩はその餞の宴があり、別の同級生が経営する居酒屋で酒を呑みました。


中々良い会で、同級生たちと久方振りの再会と、暫しの別れを惜しみました。帰りシナ、タクシーに相乗りしまして、僕は方角が違いましたので、自宅寄り三駅手前で降ろして貰い、徒歩40分歩いて帰りました。


今朝は寝坊して6:50amに起きました。


さてさて。僕は出掛けるとき、必ずコートのポッケに文庫本を持って行きます。マア、今読んでいるものを大抵は忍ばせる訳ですが、今は草枕か、福翁自伝かの何れかを持って行くようにしています。


外出する時に持って行く本は、小難しい本は向かない。物の哲学書や思想書は読んでいても頭に這入ってきません。其れこそ、バートランドラッセルの哲学入門や、ロランバルトのエクリチュールの零度なんかは、持って行って読んだ所で、マッタく頭に這入らない。考えても考えても、気が散っていけないので、こういうのはあまりお勧め出来ない。


痛快で、小気味良い筆致や文体で書かれた物をニヤニヤしながら読むのが一等向いています。そういう意味では、小説やエッセイは外出の伴には打って付けです。


この頃は、福沢諭吉さんの福翁自伝にすっかりはまり込んでしまい、どこへ出掛けるにもこればかり読んでしまう。内容が痛快愉快この上ないのです。


本は何の事はない、ベンジャミンフランクリン自伝と同じ様なもので、本人が生まれて、どこそこで成長して、功を為し名を遂げ、という話が展開されて行くのですが、普通の
自伝と決定的に違う所は、諭吉本人の性格や気質です。


彼、壱萬円札の顔になってますけれども、世間で捉えられてるイメージは、彼本来のヒトとなりとズレているんじゃないか、と僕は思います。


諭吉、punkerです笑。いや、ほんとに笑。punkerrevolutionaryで、誠実で、真直ぐなヒトです。子どもです。大酒飲みです。


性格は真面目で勤勉だったことが本の内容から伺えますが、言動はパンクそのものです。人に媚び諂ったり、おべっかを使ったり、顔色をうかがったり一切しない。


自分の信ずる事、感じた事に素直に行動する。その実、波風を立てたり、喧嘩をしたり、人の悪口を言ったりして、周囲に諍いを起こす様なマネはけしてしない様なバランス感覚に優れている。でも、威張っている人や間抜けを、ホールデンコーンフィールドのように小馬鹿にしてる。そこがこの上なく気持ちいい。胸がスットするんです、読んでいると笑。


「ライ麦畑でつかまえて」を読んでいると、ホールデンの社会不適応さ加減故の、彼の出鱈目な口調や行動に目が離せなくなり、あー、もう、どうすんの、この人、と思いながら物語にグイグイ引き込まれて行きますよね。あれに似た感覚。でも、福沢の物語がホールデンのそれと違うのは、これは実際に起こった出来事や本人がした事が、多少の脚色を本人の筆で交えて書かれている点です。


地下鉄の中で、諭吉の行動にどんどん引き込まれる。読んでいると、あまりの荒唐無稽さぶりに、ニヤケが止まらない笑。あー、この人、どうすんの、どうすんの、と思いながらどんどんページを捲って行く。昨晩は、宴会に行くのに博多駅で降りねば成らぬところを、余りにも筋に引き込まれてしまい、危うく東比恵まで乗り過ごしてしまうところでした笑。


これは冒頭に出てくる、諭吉少年時代の一節ですが、彼の怖いもの知らずさや、物怖じせず、なにものにも動じない気質が感じられる逸話です。


「ソレカラ一つも二つも年を取れば、おのずから度胸も好くなったとみえて、年寄などの話にする神罰冥罰なんということは大嘘だと独り自ら信じ切って、今度は一つ稲荷様を見てやろうという野心を起こして、私の養子になっていた叔父様の家の稲荷の社の中には何が這入っているか知らぬと明けてみたら、石が這入っているから、その石を打っ棄ってってしまって、代わりの石を拾うて入れて置き、また隣家の下村という屋敷の稲荷様を明けて見れば、神体は何かの木の札で、これも取って捨ててしまい平気な顔をしていると、間もなく初午になって幟を立てたり太鼓を叩いたり御神酒を上げてワイ〃しているから、私は可笑しい。「馬鹿め、乃公(おれ)の入れて置いた石に御神酒を上げて拝んでいるとは面白い」と、独りうれしがっていたというような訳けで、幼少の時から神様が怖いだの仏様が難有いだのということは一寸(ちょい)ともない。占い呪い一切不信仰で、狐狸が付くというようなことは初めから馬鹿にして少しも信じない。子どもながらも精神は誠にカラリとしたものでした。」


この他に、世話になっている長崎の屋敷の人を騙して大分に戻ったり、金がないものだから、船頭を騙して下関まで渡ったり、痛快なエピソードがどんどん羅列されて行きます。しかし、行間を読みますと、本人は至極真面目、言いつけられた仕事は何でもこなしますし、家事雑用は見事なまでに長けています。捌ける人なんですねぇ。


大工仕事や修繕修理は当たり前、請われた仕事は何でもスイスイ片付けてしまう。器用この上ない。無駄口をきく訳でもなく、スッとやる。


勉強に関しても猛烈に勉強します。あるとき、長崎で世話になっていた人が大分に訪ねて来るのですが、その人は大金持ちで、当時は舶来品だった洋書の原書を大金を出して購入し、諭吉に見せるのです。中身は築城の書、要塞を作るオランダの本なのですが、諭吉はこれが読みたくてたまらない。しかし、先方も大金を叩いて買った洋書、そう簡単に見せる訳でもない。そこで、企てて、諭吉はその人に上手い事言いくるめてその本を借ります。借りて、昼夜を徹して寝る間も惜しまず、只管盗み書きします。盗写と諭吉は書いていますが、当時はコピー機もない時代。この本を何としても読みたい!という諭吉の情熱が、彼の行動の記述から迸るのです。


この本が読者に取って痛快なのは、この本が功為し名を遂げた人の自慢話くさくないところです。ぜんぜんそんな嫌らしいスノビッシュな雰囲気がない。俺はこんな努力を惜しまなかったんだ、という書き方ではなく、もうさ、俺、この本が読みたくて読みたくて、溜まらないわけよ、だからね、このおっさんをなんとか言いくるめてだまくらかしてさ、んで、務めもあるから、なんとか時間をやりくりしてさ、バレちゃいけないしさ、もう大変でさー、なんていう筆致でこの盗写の様子を振り返るのです。


子どもっぽいというか、情熱的というか、そういう所に惹かれるんです。小利口になり、賢しらに埃を払う如く無茶や無鉄砲を冷笑する嫌いは、ここには微塵も感じられない。そういう諭吉の破天荒さと、彼がその後に為した事に目をやると、この福翁自伝、胸に迫るものがあります。


草枕は佳境に入っています。もうすぐ物語が閉じます。草枕は文学作品なので、表現や筆致が非常に美しい。しかも漱石の豊潤な語彙と名人芸の文体のせいで、これは、マア、できれば全身で言葉を浴びたい。だからノートにも美しい文を書き写したいと思うので、地下鉄で読むには向かないのです。

諭吉の話に感けて、他の本を忘れてしまいます笑。

不倫はいけません笑


ではまた^^




追記:同級生から、明治の先達や維新の徒が起こし、信じていた思想信条をフリーハンドで礼賛するのは危ないよ、これが第二次世界大戦に至るまでの礎石になってるんだから、とご助言頂きました。友達に感謝し、僕が読んでいる物をどのように捉えているか、歴史的な観点からは一旦離れて、作品を読んでいる事、当今の政治や歴史認識の其れとは一端はなれている事を情理を尽くして説明しました。

 お断りしておきますが、明治の志士が成し遂げた志を持って、今の世直しをしようなどという不埒な事は一切考えていません。成熟し切った民主主義や国民国家解体の流れがいくら世の趨勢とは云え、時代や置かれている状況が違い過ぎます。それは乱暴というものです。これについて述べ出すと長くなりますので、酒を呑んだ時にでも話します。

2015年3月24日火曜日

恋は桃色

「神の御業は時に適って美しい」とはソロモン王の詩で、コヘレトの言葉として、旧約聖書に載っていますが、この言葉は生きているうちに、何度も何度も実感される言葉だからこそ、偉大なのだと思います。


今、遠くに住んでいる親友と、毎朝、毎晩、色々な事をやり取りしています。そのダイアローグの中で気づかされる事、学ばされる事がたくさんあるのです。


お互いに話す内容は、今日はなにがしの本を読んだ、だの、どの節が良かっただの、あの漢詩は本当に良い、だの、あの小説のどこそこが良いんだ、などという趣味の世界の他愛もない話なのですが、その話も縦横無尽に脱線しまくって、結局なんの話だったっけ、と忘れてしまう事もしばしばです。


親友と話す時に、親友が言った事に対して、それは新約聖書に書いてあるよ、と言って節を引用した事があるのですが、それが高じてなのか知らん、自分はクリスチャンなのに、学校の務め以外、自宅で聖書を読む機会が減ったな、と感じ、良い機会だからと思い立って、聖書を読み、英語で筆写することにしました。


僕は自分でノートを2冊作っていて、1冊は英語の英文の筆写とか、まとまった文献の要約とか、新しい単語を見つけたらそういうのを書いたりとか、色々雑記するようにしています。


もう1冊は、日本語版。これは古典、漢文、詩、俳句、小説の一節、なんでも良いんですけど、美しいな、素敵だな、と思う文章をどんどん乱書していくんです。理由なき乱書。


それで、ここ暫くは日本語の美しさに圧倒され、心から打ちのめされていましたので、親友と芭蕉は偉大だ、とか、漱石の一節がどうの、とか、論語が良いんだ、とか、俺は李白と亀仙人とバックトゥザフューチャーのドクが全部混じったようなおじちゃんになりたいんだ、とか訳の分からない事を言いながら漢詩を綴ったり、俳句を作ったりしておりました。


英語の方がヤキモチを妬きまして、たまには相手にしてよ、と呼んだ気がしたので、論語を英語で筆写しつつ、ああ、そうか、家にギデオンの日英聖書あったよね、と思いながら、親友に贈った聖句を筆写することにしました。山上の垂訓のところですね。マタイによる福音書。


そういえば、と又思い出して点と点が線で結ばれる。学校で机の片付けをしていたら、大学生の時に履修していたラテン語の教科書が出て来た。その横には、僕が何時買ったか覚えていないのですが、かなり若い頃にカソリックの教会の売店で購入したラテン語の聖書が置いてあった。何かの役に立つか知らん、と思い、自宅に持ち帰っておりましたが、英語で聖句を筆写する際に、じゃあ一つ、ラテン語でもやってみようかね、と思い、徐にラテン語で聖句を筆写しておりました。


何やら六つかしい事で、単語やら意味やらも文法も分からん。何が書いてあるんだろうと思い、気になり出して、辞書を引きながら、ああ、なるほど、なるほど、と思いながらひたすら書き写しました。


3日間ほど作業をやっていると、ムズムズしてきた。おっ、おいでなすったな、と独り、やれやれと思う気持ちと、まぁ仕方がないか、というあきらめの気持ちでほくそ笑みました。僕の悪い癖で、一旦好きになったらマッシグラ、惚れたが負けよ、アップップ、なのです。


ラテン語の文法書を読み進め始めたんです、止せば良いのに。すると、もう止まらない。止める事が自分でもできない。


ネットでラテン文法、と検索をかけると、有り難い世の中で、数カ所、ラテン文法を解説してくださってあるページに遭遇。食い入るように読み込み、ノートにそれをまとめる。


こんなことをして、誰が得するかも、何の役に立つのかも分からない。でも、身体が勝手に動いてしまうのだから、仕方がない。


大学生の頃はさっぱり分からなかったラテン文法も、良い意味での「大人目線」フィルターを通して見るので、素直かつ冷静に入って来る。ああ、なるほど、なるほど!と思いながらノートに書き留め、書き留めたものを自分でもう一度復習って、また書く、の繰り返し。


気がつけば時間が経っていて、俺、何やってんだろ、と苦笑い。


毎朝、毎晩、決まった時間に寝起きして、決まった事をやって、身体を動かして、机に向かって寝る、っていう、それこそヘンリーディヴィッドソローみたいな森の生活の様な毎日を送っていますが、胸や心は、毎暁、もう、恋いこがれる気持ちに似て、ぎゅっと摑まれ続けているのです。


恋は盲目とは良く言ったもので笑。
長生きすると、良いことありますね^^

昨晩酒に酔って、ワイングラスに注がれた赤を眺めて出しました。

房を見ぬ 赤に溺すと 葡萄さけ 十督

ではまた^^

2015年3月21日土曜日

ヨーロッパ映画について

今年に入り、1月2月と随分と欧州の映画を観ました。ヨーロッパの映画はキリスト教の影響を、濃淡に関わらず受けていると思っていましたので、何故そのような終わり方になるのか、どうしてそのような展開になるのかをずっと考えたりしていました。

自分なりにある結論に至ったのですが、ヨーロッパ人にとって、どのように人生を捉えているか、という問題がどうしても頭から離れませんでした。

キリスト教の人生には、輪廻転生の考え方はありませんから、人間は生まれたら死まで一直線で、天に召されればそのまま二度と帰って来ない、という考え方が根底にあります。大雑把に言えば、ですけどね。叱られそうだけど。

仏教の考え方は基本的に輪廻が基準ですから、死ねば生まれ変わる、と思っている。死んでしまうと別のものになってしまうからこそ、今しかない浮き世は儚いと閑雅て要るんじゃないか。僕はそう思ったんですね。侘びとか寂びとかの観念もそこに帰属しているんじゃないか、と日本映画とヨーロッパ映画を交互にみながら考えていたんです。

たとえばフランスの映画を観ていて、これはもう、何でも良いんですけど、ゴダールだろうが、ジャックタチでも良いけど、映画の筋とはぜんぜん関係ないきれいな風景とか、アートになる様な景色とか、そういうのがパッて挿入されるんですよ。高校生とか大学生の時にこれがさっぱり分からなかった。なんで筋と関係のない画を入れる必要が有るんだろ、って。向田邦子のドラマとか、橋田壽賀子のドラマだったら、考えられないことです。だって、それは筋とは無関係ですから。

でも、ヨーロッパの映画って、必ず入る。何故だろう、って。考えたんです。

死生観みたいなものが「人生一度きり。」”You only live once!”だからこそ、人生そのものの虚しさみたいな観念がグルッと一回転して、カルナバルだ!ってラテン人達は考えたんじゃないか、と僕は思ったんです。美ーエロティシズムー死、ていう観念は一直線で繋がってるんだ、って大学生の頃ジョルジュバタイユの本に書いてあるのを読んだんですけど、ぜんぜん意味が分からなかった。それを三島由紀夫さんが、俺はそういうのを掘り下げて作品を作ってるんだ、って言って、ラディゲの死とか、サド公爵夫人とかをご自身で解説なさってあるのを読んで、ぜんぜん意味が分からなかった。え、なに言ってるの、って。

ところが、齢四十一にして、ここに来て、ああ、ってなった事があるんです。なるほどね、と。

僕らが英語の時間に時制を教える時に、時間軸を左から右に矢印で引いて教えます。あれを何百回とやっていて、その時には考えもしなかったんですけど、ヨーロッパ映画を観てて、ああ!って膝を打ったんです。ユリイカ!ってこう言う時に言うんだ、ってそのとき思いました笑。

ハイデガーの時間と存在って、これまた小難しい哲学書が有って、これも大学生の時分、背伸びして一生懸命読みましたけど、ぜんぜんその時は意味が分からなかった。でも、全ての過去のdotsconnectする時が有るんだな、って実感を伴って分かった気がしたんです。

人生は直線上に左から右に時間が流れ、その後、死が訪れて、天に召される。この流れが前提にあるとすると、生きる事に執着しないと、天国に逝ってしまっては後の祭りだ、っていう考えがまずあって、その上で、だからこそ、生きてるうちに生に執着するんだ、っていう無意識の概念が身体化されてるんじゃないか、だから映画も芸術も生活もあんな風になるんじゃないか、と僕はぼんやり考えたんです。

たとえばヨーロッパを旅行するとどこの国の彫像も、男は筋肉ムキムキでマッチョを極めてますし、女性の裸体の絵や彫刻はわんさかあります。子どもも大人もそれが当たり前だと思って、そういう芸術品が無造作にポンポン置いてある。

これは、生きることに執着すると、逞しさを極めたものこそが、もっとも生きる力があり、生命力で満ちているんだ、という象徴として、そういうものに美を求めた事の帰結なのではないか、と僕は考えたんです。そう考えると自然に、ああ、なるほどね、って。

また、裸体は性に対する執着です。性は命の誕生に繋がる行為ですから、もっとも美しい裸こそが美しい生命を宿すのに相応しい、と彼の国の人々は観念したのではなかろうか、と僕は考えたんです。

死して天人と成る前に、生きる事に執着し続け、人生を謳歌することこそ、もっとも美しい生き方なのだ、と。だからヨーロッパ人は基本的に我がままなんだろうし、生活の中に美を意識し、取り入れるんだな、と考えを新たにしました。

たとえばファッションにしてもそうです。儚い流行のサイクルみたいなものがあって、パリコレみたいなものも、季節ごと、年ごとにトレンドがどんどん取って代わられる。それは単純にオルタナティブが先行者を取り替える、ということではなく、生きる事に執着するが故の、美への飽くなき追求の一端なんじゃないか、と僕は思ったんです。

だから話の筋とは関係ない美しいものが画像に取り込まれていても映画がきちんと成立する。生きることへの執着そのものが人生讃歌なのだ、と考えている人たちに取って、なんら不自然はないのだと思います。根拠もヘチマもない考えで申し訳ないんだけど、こんな風に思ってヨーロッパ映画を観ると、妙に納得してしまうんです笑。

逆に日本映画は侘び寂びみたいなものがここ彼処にあって、美しかったり、感情の高まりみたいなものの描き方が剥き出しになっては出て来ない。それこそ、谷崎潤一郎さんの言葉を借りるまでもなく、十言う所を七しか言わない、チラリズムのようなスタイルで、人生を描き出す。その、微かにしか現れて来ない美しさとか、儚さみたいなものに、我々日本人はアワレを憶える。それがDNAに組み込まれてるんじゃないか、と錯覚してしまうほど、映画で描かれるわびしさの中に美しさが在する部分と、観ている物が心の琴線の弦を共鳴する箇所がピタッと一致する。そんな気がしているんです。

輪廻転生は人生がぐるぐるっと一回転してまた振り出しに戻る、っていう観念ですから、死んでも帰ってくる、っていう発想でしょ。そうすると、生きているうちに人生を謳歌する手法として、美を全面に打ち立てたり、強さを誇る事、あるいはエロティシズムが露骨に剥き出しになることを佳しとしない嫌いがあるんじゃないか、と僕は考えるんです。

だって、生きてるうちにそんなものにしがみついたって、どうせ死んじゃうし、死んだら死んだで、成仏しても、別物になって、はい、ってまた生まれ変わるんですから。その、儚き一時の中、虚しき世の中に僅かながらに在する美に萌えを抱く気持ちが、私たちの中にはある。

これは「北のカナリヤ」っていう吉永小百合さんの映画を観ていて思った事でした。ああ、これって二十四の瞳と同じ様なモティーフを持ってるんじゃないかな、って。

簡単に筋をお話しますと、吉永小百合さんは島の分校の新任教師で、ご夫婦で赴任して来られて、子ども達に合唱を教え、コミュニケーション能力のない子どもの歌の才を見抜き、その子が立派に歌えるように教え育てます。その時の合唱の仲間はその小さな学校の子ども達全員なんですけれども、吉永さんは島の妻のある男性と不倫をしてしまい、旦那さんは自殺をして、島を追い出されてしまう。悲惨極まりますね。

その後、数十年を経て、ある日、コミュニケーション能力がなかった子どもも立派に就職しているのですが、なにぶん、色々と難しい生き方を強いられてて、ある日、人殺しをしてしまう。捜査の手が吉永さんにも及びます。犯人の青年に綴った手紙から刑事が捜査にくるのです。

青年はとうとう、元の島で逮捕されることになる。しかし、彼が逮捕される前に吉永さんが刑事さんに頼むんです。時間を下さい、って。その後、警察が見守る中、かつての合唱のメンバーが、彼の連行の前に、一緒に成って昔の合唱を唄って物語は終わります。

どこにも救いがないんじゃないか、って暗澹たる気持ちになるくらい暗いんですけど、この最後の、ちょっとだけ幸せな感じがほんのり残る感じこそ、日本人の持つ「もののあはれ」の観念の現れなんじゃないか、と僕は考えたんです。

二十四の瞳も、戦前戦後を経て、成長する子ども達、大人の子ども達に対する想い、平和への願いが込められていますが、事の悲惨さは北のカナリヤと同じです。大人になって再会しても、死んだ人がいたり、生活が立ち行かなかったりで、ぜんぜん救いがない。でも、再会できたメンバーで旧知を温め合う、っていう仄かな、おおよそ救いとは呼べないんじゃないか、ってくらいのちょこっとだけ幸せな一場面が、遠慮がちに添えられるだけです。

アワレ、ですよね。これは色々な漢字に置き換えて考えても、全部意味が成立する。憐れ、哀れ、矜れ、何でも良いけど、死や悲惨さの中に希望を失わない、というか、ほんのり微かに見え隠れする美みたいなものに希望を見いだす文脈が敷かれたものを佳しとするというか。

こんな風に考えられるようになって、僕は高校生の時に友達と観て、ぜんぜん意味が分からなかった映画を見返してみようと思っています。

フェリーニとかゴダールの映画にも、そういう意味もあったのか知らん。よう知らんけど笑。

ではまた^^


良い週末を^^

2015年3月20日金曜日

掃除をすること

親しい友人の来客があり、遅くまで酒を酌み交わしていた。爽やかな宴だった。
今朝方も寝坊するでもなく、朝6時半に起床、昨日の片付けを済まし、家事の雑事を終え、志ん生師匠の蒟蒻問答を聴いた。

昨日は色々な話をしたが、学校教育の中で失ってはいけないものはなんだろう、という話になった。僕は「掃除じゃないですかね。」と即答した。「分かる。だけどどうしてそう思う?」と聴かれたので、こう答えた。

「ほら、掃除って、やってもやっても切りないじゃないですか。さっき掃除したのに、もう汚れてる!なんだ、意味ないじゃん、こんなの、って思うでしょ?それが掃除なんですよね。これって、生きる、ってことを、教えるのに最適な教育活動なんじゃないかな、って思うんです。

僕ら、生きてて、色んなことを達成したり、頑張っても、その頑張りみたいなのって、すぐなくなっちゃうっていうか、過去の栄光化しちゃうじゃないですか?

あー、空しい、みたいなの(笑)。あれ、掃除と同じだな、って。生徒に、生きるって一見無意味なことなんだけど、でも、それでも生きなきゃいけないんだよね、って無言で身体に教え込むのに1番いいと思うんです。身体で感じなさい、って。

黙って掃除をする。雑巾掛けをする、箒で掃く、窓のサンの埃を取る、ばらばらに並べられた本をきちんと整頓する、埃を隈無く拭き取る、塵を捨てる、洗い物をする。そういう行為を繰り返し繰り返し、毎日やらせるんです。

そして次の日また汚れる。そしてまた掃除をする。それの繰り返し。これが生きるってことなんだよ、って。」

掃除をすることの意義をそんな風に考えている。家に居たりするとまとめて家事を片付けようと思い、ついつい色々な雑事が溜まりがちになるけれど、淡々中庸に生きようと決めてから、目の前にある一つの家事をすぐその時にするようにしている。

洗い物もシンクに置いた瞬間に蛇口を拈り、スポンジに泡を立ててゴシゴシと洗う。洗い終わったら食器棚に置いて乾かす。塵が出たらすぐに捨てる。灰皿を片付ける。汚れている卓を直ぐに拭く。

毎日、部屋の状態をできるだけ同じ状態に保つようにする。淡々と。
そうすると、生活の型ができてくる。生活の型に嵌まると、その生活の型からはみ出た行為や行動をすることが気持ち悪くなり、身体が不調になる。リズムや音律が狂ってくる。

そういうシグナルを身体が瞬時に感知できるように、身体のセンサーを高めておきたい。生身の身体の感度は、思考や発想と直結している。文武両道というのはこの意味に於いて正しい。

この身体感覚を子ども達に何としても伝えなければ、と僕は思っている。生きるって掃除と同じだよ、って。片付けても片付けても散らかる。拭いても拭いても汚れる。でも、煩雑なままでは生活は立ち行かない。だから掃除をし、片付けをする。生きてるっていうのも、これと同じことなんだよね、と身体を動かしながら生徒に伝えたい。

そんな気持ちを込めて、生徒と共に掃除をし、生きることを全身に感じていたい、と静かに黙考するのです。

ではまた^^


2015年3月19日木曜日

英語教師の授業心得について

来年度の授業のことを考えると、色々に気が散って行けませんが、(ただ)唯一(ひとつ)、心構えと云うか、これだけは守ろうと思っていることは、「英語を嫌いにさせないこと。」です。

英語に興味関心を持ち、外国語の学習を通して他文化の価値観や考え方を学び、自国文化との差異に(ふる)え、新たな眼が(ひら)かれるように生徒に教えたい。そのためには、生徒が英語を嫌いになってもらうと困るんです。好きでいて欲しい。

ものを教えることは洋の東西を問わず。人類の黎明以来、脈々と続いてきた生存行為であり、教えることの英知は人類共通の智慧の結晶です。どこの世界でも連綿脈々と、有史以来ずっとやってきたのが教育です。「教える」ことによって後世に生き延びる術を伝える、これが教育の根本単位であり、基本原則です。

その起源をどこに求めても、わかりませんし、これからもわかることはおそらくないでしょう。なぜなら、人類が生き延びる為には下の世代に兎に角生き延びてもらわないと行けない。簡単に死んでもらっては困る。それでは滅亡してしまう。だから死なないように、できるだけ長生きするように、食べ物の採り方や作物の育て方、狩猟の仕方、雨露のしのぎ方から、武具の作り方など、あらゆることを教えた。衣食住足ると、今度は生きる意義は何か、社会を形成するとは何か、などに発達し、今現在アカデミアが様々な学問が自然に形勢されていった。この流れが、人類に教育が興った軌跡なのではないか、と僕は想像に助を借ります。

誰が始めたか、分からないんですけど、先達から託されたメッセージや暗黙のルールだけが口伝てや書によって残された。だから今現在、学校教育が担っている仕事は、なぜそうなっているか分からないけれど、簡単に弄くり回したり、取り替えたりしてはいけないのではないか、と僕は考えています。だって、人類の英知に逆らうことになるから。

山本五十六の「やってみせて、言って聞かせて、やらせてみて、 ほめてやらねば人は動かじ。話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。」という言葉を引くまでもありません。

戦争をやらせたら山本の右に出る者はいない、と云われたほど、第二次大戦時に英雄視されていた山本ですら、若者を教えるときに、口やかましく怒鳴り散らしたり、ふんぞり返ったりしても、優秀な兵士は育たないのだ、という達観から、この言葉を残したのではないでしょうか。

また、山本の別の言葉に以下のようなものがあります。
いまの若い者は」などと、口はばたきことを申すまじ実年者は、今どきの若い者などということを絶対に言うな。なぜなら、われわれ実年者が若かった時に同じことを言われたはずだ。今どきの若者は全くしょうがない、年長者に対して礼儀を知らぬ、道で会っても挨拶もしない、いったい日本はどうなるのだ、などと言われたものだ。その若者が、こうして年を取ったまでだ。だから、実年者は若者が何をしたか、などと言うな。何ができるか、とその可能性を発見してやってくれ。

僕はこの山本の言葉に、教育の真髄があるのではないか、と思っているんです。口やかましく生徒にがなり立てて教えていた20代の頃は、こんな山本の言葉も知りませんし、全く分かっていませんでした。しかし、生徒達が離れていく、自分からも英語からも離れてそっぽを向く状態が続いたことがあり、自分の教師としてのあり方を見つめ直したことがあります。その時にぼんやり、「俺の1番の仕事は、生徒が英語を好きになる、ことなんじゃないかな。」と朧気(おぼろけ)にじんわりと実感した記憶が今でも残っています。無力感で一杯でしたけれどもね、若くて未熟で。

あるいは大村はまさんの言葉でも別の言い方ですけれど、山本五十六が云っていることと同じことが語られている。
しかし,劣等だとか,優等だとかいう世界の向こうの世界へ子どもを連れていくことはしなければならない。教室で座りながら,できない,つらいなどと思わせる,片っぽうは反対に得意になっているとか。これも人間を育てる世界らしからぬ世界で,そういうところに子どもを置いてはだめです。 ……ただ教室のなかで優劣の向こうへ生徒をもっていくことだけは,これはしなくてはいけないことでしょう。教室のなかで,それぞれ学習に打ち込んでいて,それぞれ成長していて,だれができ,どの子ができないなどと思っているすきまがないようにしなければならないと思います。 ……できるとかできないとかということを忘れて,全力をふるって,うちこんでやっていく。一生懸命やっていく,その向こうで,その気持ちのなかで,できる子ども,できない子があっても,そんなことに関係のない世界をつくっていくことができないか。……おもしろい授業を力いっぱいさせて,生徒に自分が劣っていることを忘れて打ち込ませるところまではもっていかなくてはと思っています。みんな一生懸命になっているとき,そんなことが気にならなくなってしまうのですね。」

大村はまさんは、焼け野原の東京で教鞭を執り始めました。新米教師で只でさえ不安なのに、紙も教科書も鉛筆もない。教室もない。学年もばらばらな大勢の子ども達が目の前にいる。大村さんは途方に暮れた。どうすれば良いんだろう、私はどんな授業をすれば良いんだろう、と。このときの大村さんの気持ちは、「二四の瞳」の大石先生と重なります。

大村さんは僅かに残る禿()びた鉛筆と、広告の裏紙のような紙、更には教材として新聞紙を手に、子ども達の所に行った。子ども達には新聞と紙と鉛筆を持たせ、新聞を読んで自分が良いな、と思ったところを感想に書きなさい、と発問された。

焼け野原の教室。すし詰めに所狭しと肩を寄せ合う子ども達は、徐に学習道具を手に、夢中になって読み、夢中になって書き捲った。大村さんは授業が終わるとその紙を集め、職員室に帰って生徒達の書いたものを読みながら、涙が止まらなかった、と書いておられます。

子ども達の中には、家を焼け出された者、家族を失って孤児になったもの、今日喰うにも困窮している者など、様々だった、と云います。そんな悲惨な状況にあって尚、瑞々しく描き出された子ども達の感性に大村さんは心を揺さぶられたのです。

これだ、これなんだ、と。これこそがまさに教師の仕事なんだ、と。大村さんの著書にはそれが書かれてあり、胸を鷲掴みにされます。具体的な指導法や技術についてはほとんど書かれていない。なのに、大村はまさんの本を教師として何度も何度も読み返したくなり、折に触れて手に取ってしまう。

理由は分からないんです。でも気付くと必ずそうしている。それは自分も、教える、という仕事の本質はここにこそ有るのではないか、と無意識に勘づいているからであり、またその感覚が身体化されているからではないか、と思うんです。DNAに組み込まれている、と言えば良いのか。

シュタイナーやバートランドラッセルが云ってることも、あるいは斎藤喜博が言ってることも、根本的な教育の本質を突く、という意味では同質同根同意であり、ワーディングこそ違うけれども、言われているコンテンツの枠をけして出ることはない。同じなんです。学ぶとは何か、教えるとはなにか、その本質は、手を変え品を変えても、けして変わることはないのだよ、と僕らに何度も何度も語りかけてる。

先人達が突き詰めて考えて実践し、行き着いた教育の本質が皆同等同質である場合、世がいくら教育改革を呼号したところで、本質に敵うわけがないのです。ちゃちな頭で賢しらに聡く編まれた改革案などより、実践家である偉大な先達達の残した教育哲学に寄り添うことの方が、僕は教師の本懐なのではないか、そう思っているんです。

来年度はどの学年になるのか、分かりませんが、何を持っても先ず、「生徒が英語を嫌いにならないこと」「生徒が英語に夢中になること」を一等大事にし、授業をしていきたい、と僕は考えています。


ではまた^^

2015年3月18日水曜日

8月に英語の勉強合宿をやります。

ふと思い立ったのだけれど、早い話だが、8月くらいに1泊2日くらいで、英語の勉強会合宿みたいなのを泊まり込みでやりたいな、と思い始めた。


朝から集まって、一日授業研究に打ち込み、飯を一緒に食った後は、夜は英語の文学の朗読会、それが終わったら、酒を飲みながら唐詩の朗読会。


朝起きたら、英語の音読。飯食って、英語のディスカッション、ライティングセッション、で、昼飯食って、温泉チャポーンと浸かって、じゃーねー、な会。


そういうのをやりたいな、と思っています。


英語と日本語の勉強を、楽しみながらやれる会を開催したい。日本語の朗読や、英米文学の朗読をやっても良いと思うのです。


たとえば、HemingwayMovable Feastの一節を、皆さんで酒を飲みながら、音に出して読んで行く。誰も発音を正したり、解釈したり一切しない。ひたすら1時間くらい読んで行くと、その集団の呼吸がピタッと合って来て、朗読がリズムを持ち出す。ジャズのインプロヴィゼーションみたいな感覚です。そういうのを自然に作れる時間を持ちたい。


もう一つ。唐詩を酒を飲みながら朗読する会もやってみたかったことの一つです。李白の詩を酒を飲みながらどんどん朗読する。これも、解釈とかは一切しません。


言葉を音に出して読む、という行為を通じて、身体が言葉に呼応する感覚を味わいたいのです。


僕は授業で生徒に音読をさせたり、シャドーイングをさせたり、暗誦をさせたりするんですけれど、自分個人でも英語を音に出して読むことが大好きで、こんなに楽しいから、あんたもやんなさいよ、って感覚で生徒にさせてるところがあるんです。これは本当に。


自分の勉強で音読やってる、って感覚が最早無く、純然たる趣味。英文をウェブで見つけたり、良いスピーチをYoutubeとかで聞いたりすると、居ても立っても居られなくなる。え、なに、これ?こんなのあんの?え、待って、待って、え、やべー!すげぇ!これ、マジでやべぇ!ってなって、Googleでかちゃかちゃ検索して、スクリプト(スピーチの原稿)を探して、それを自分の趣味で音読するんです。


言葉は黙読よりも声に出して音読すると体全体が言葉に呼応します。声の振動に肌が感応して、発せられる言葉を全身で浴びる。その時に身体の感度が黙読をしている時のそれとは全く違う信号を出していることに気づくのです。


欧州の教会の背丈が高く設計されているのは、教会全体に聖歌隊の声や神父さんの声が倍音になって共鳴し、人々の頭ではなく、身体に訴えかけるように、という目的があったからだと僕は理解しています。そこまでソロバン勘定して教会を建ててる。絶対そうです。


識字率が低く、字が読める人がほとんどいない中で、キリスト教を布教しようと思ったら、言葉だけに訴えても無力です。だから、賛美歌の音を聖歌隊が四声で発し、梁高く掲げられた天井を大きく畝って人々の魂に届かせようとした。そういうことが無意識に分かっていたんじゃないか、と思います。


教会というのは神社仏閣と同じで、西洋人にとっての霊域です。霊域はひんやりとして、薄暗く、そこに入ってふざけたり出来ない、罰が当たる、という超然的な雰囲気を持ってないと宗教的な説得力は増しません。神様から心を鷲掴みにされる、って、言葉による説得ではなくて、それこそ、教会や神社やお寺に入った瞬間に決まる。僕はそう理解しています。


倍音の効果について、初めて知ったのは内田樹さんの宗教と身体の本を読んでからですが、僕は幸い大学生の頃、聖歌隊の部活に入っていましたので、これは実感を伴って納得せざるを得ませんでした。又、幼い頃から教会に通っていましたが、教会には必ず聖歌隊があります。目的は神を賛美することですが、上記の点から鑑みますと、宗教的な意味合いを多分に帯びて行なわれた神事なのだ、ということが、この歳になって漸く理解できたようなことです。


長生きって、するもんですね。


さて、8月に勉強会合宿をする話。言葉を身体で音楽のように感じる時間を、同志と持ちたい、と僕は考えている。解釈や注釈の話になると、頭でっかちになる嫌いがあるのでいけない。それは日常的にもやっていることなので。


身体で言葉を感じる、という体験を通して、今一度翻って音読の効果や、素読暗誦の意義について、実感感覚を持っていたい、と僕は考えているんです。私たちはつい、頭で分かってしまうことに感けて、身体が感じることを軽んじて生きてしまうことがあります。身体の感度って、本当にすごいんです。


病気になるとか、ならないとか、そういう話ではなくて、身体で感じることと、考えていること、思っていることが一致してくると、恐ろしいほど、感性や洞察力の感度が高まります。これは僕が筋トレやスポーツをし出して、毎日切々と感じることです。


身体を鍛えたり、スポーツをするのは、アンチエイジングやダイエットの文脈でしか語られない。僕はそれがとても不満です。


確かにそれも一理も二理もありましょう。僕も同意します。でも、そんな理由は付加価値として副次的にくっついてくるおまけでしかない。グリコのおまけばっかりに感けて、肝心のキャラメルを蔑ろにした子ども時代と同じです。お前らさ、おまけばっか見てるけどさ、本当はグリコはキャラメルを食べないと買った意味が無いんだぜ、って友達に口角泡を飛ばして檄文を投げるつもりで書いていますが。


身体感覚、身体の感度が上がると、それまで頭だけで考えていたことと全く発想の仕方が変わるんです。だって、身体は脳の信号によって動いてるから。脳と常にリンクしてるんですから、そうなるに決まってる。必ずそうなる。


頭で考えることは脳でこねくり回すんです。ですけど、年を重ねると、脳の信号に対して身体の反応が鈍くなる。筋肉や神経の衰えなのでしょうけれど。でも、筋肉がある一定の強度を保つ限り、神経の反応回数が減少しない限り、脳の反応と身体の感度、頭で考えたことは一定の速度でリンクし続ける。若さを保つ為に身体を鍛える、と考えるのでは、ことの筋目が逆です。身体を鍛えた結果、脳の反応に対応し得る肉体を保っているがゆえに、身体と脳の感度が一致し、それによって行動も変わる。それだけの話です。


たとえば僕はデッドリフトという腰と股の裏を鍛えるトレーニングメニューを必ず入れていますが、このメニューをやり始めてから、デスクで採点やプリント作りをする際の長時間の座り仕事の腰痛に悩まされることが無くなりました。身体を鍛えてない時に、階段の上り下りがきつかったり、デスクでの腰痛に悩まされていたことはなんだったんだろう、とふと不思議に思うこともありましたが、腰痛にならない状態が当たり前になると、脳は若い頃と同じ様な発想や思考で保たれることがデフォルトになります。なるほどね、結果としてそうなるから、アンチエイジングなのであって、アンチエイジングを目指して身体を鍛えるっていう目標を立てるのは少し違いはしまいかね、これ、と実感してるんです。


話は長くなりましたが、8月に勉強会合宿を是非やりたいと思っています。細かいことが決まりましたら、アナウンスしますので、お出かけくださいね。



ではまた^^

2015年3月17日火曜日

英語授業勉強会「暁の会」始動します。

3月末に勉強会をすることをアナウンスしましたが、勉強会の準備を着々と進めております。4月に第二回目を開催する予定にしました。学びの多い会にしたいと思っています。


会の名称を「暁の会」にしました。これは三島由紀夫さんの「暁の寺」、そして孟浩の「春眠暁を覚えず」から取っています。


自分の中に眠っていた何かが、理由無く奔り出した感があります。暁の時が来た、と犇犇と感じています。


志を同じくする同志と、学びを深め、日本の英語教育に資する活動を行いたい、と思い、会の開催を思い立ちました。


多くの賛同を得られることを目的としていません。真剣に、本気で打ち込める会にしたい。真摯に学ぼうとする仲間が欲しい。そういう想いを込めて、暁の会、始動します。


既に準備は進めています。3/30の勉強会で、今後の方向性や、授業研究の骨子、シラバスなどのコンテンツなどについて、語り合い、4/29の会につなげたいと思っています。


どうぞよろしくお願い致します。


暁の会代表 田中 十督


【英語の先生方へ重要なお知らせ】第2回暁の会開催のお知らせ
来る4/29(水)祝日に、英語授業の勉強会を開催します。
内容は以下の通りです。


■日時:4/29(水)祝日、午後13時〜18時半

■場所:福岡市の某所(参加者のみに通知)

■内容:授業研究

■形態:参加者全員、all in Englishの授業形態を取る。指導案を予め作成し、印刷したものを参加者全員に配る。40分の授業を一人ずつ行ない、良かった点、工夫するともっと良くなる点などをシェアし合う、の繰り返し。

■教材:参加者にのみ添付ファイルにて送信

■準備:きちんとした授業指導案を作り、配布するプリント類も作成して、各自で印刷して持参する。

■懇親会:夜に懇親会の予定あり。

■参加資格:以下の場合は、参加をお断りさせて頂きます。

  1. セミナーなどで講師などをしておられる方
  1. 会で授業が実際に行なえない方
  1. All in English で授業を行えない方
  1. 継続的に会への参加が難しい方

■備考:
・参加費などは一切不要です。
・全員が学び合う会です。継続的に続けて、互いに力を高め合うことを標榜しています。
・所属は、中高、公私立を問いません。年齢、性別一切問いません。
・会の呼称を、新たな出発点と位置づけ、「暁の会(あかつきのかい)」とします。
・僕(田中十督)は管理者というだけで、僕が講釈をしたり、何かを教える、という類いの会ではありません。予めご了承ください。

■参加表明:以下のメールにご記入の上、お申し込みください。

dassenglish73@gmail.com


申し込みは
1 氏名
2 所属校名
3 携帯番号
4 メールアドレス
5 会で学びたいこと・シェアしたいこと

の5点を必ず明記の上、お申し込みください。



2015年3月16日月曜日

手は伝える。

今はネットで調べるまでもなく、パソコンやスマホの言語入力機能の中に、日本語がぎっしりと組み込まれていて、予測変換も優秀になってきているので、字が実際に書けなくても、漢字を瞬時に出力する環境が整っている。

だから、「漢字が書ける」能力が衰えていく議論は影を潜め、利便性による言語能力の低下に拍車が掛かることには、世の中の関心が向かない。

書けない漢字、例えば魑魅魍魎とか、顰蹙を買う、とか。そういうのまで書ける必要はないし、話し言葉としては、これらの単語だって普段から耳にするものだから良いんだけれど、魑魅魍魎という文字を見たときに、妖怪物の怪のたぐいがわんさかと出てくる様子が、漢字で表されているので、書けなくても、その語感は伝わってくる。

漢字には象形の意味がある。絵を見て理解する、絵を描いて伝える、という作業の延長線上に漢字という文字が起こったのではないか、と白川静先生の本を読んでいて思う。

為政者の歴史を編む為に文字は整備され、始皇帝の時代にはある程度の完成を見たのが現在私たちが使っている漢字の出発点であって、その汎用性が優れていることは、数千年の歴史の風化を免れていることからも明らかなのである。

さて、自分の話。

ここ数週間、親友とメールのやりとりをしながら、お互いに勉強したことや、読んだ本なんかについて、自由に楽しく話をしている。初めは趣味で読み始めた本も、読んでいるうちに、あまりの日本語の美しさに感動して、やろうよ、と声を掛け合ったわけでもないのに、頼まれもしないノートを買ってきて、読みながら一々感動した日本語をただ筆写するという作業をしている。

その作業をしていて、今では使われなくなった表現や漢字を書いていると、その漢字が使われている時の語感が、身体に血肉化していく気持ちがほんのりと感じられて、身体が温まる。

「肌理細やか」という単語は「きめこまやか」と読むが、僕は谷崎潤一郎さんの本にこの漢字を初めて見て、身悶えした。すごい!肌が整然と細胞を並べている様子を漢字で書くと、肌理と書くんだ!すごい!そんな風に身体を捉え、それを文字にまで昇華してるんだ!すごい!先人達は巨人だ!すごい!あまりの興奮に、そのことを態々親友にメールしてしまった。
漢字は書けなくても今の世の中で立派に生きていける。それで十分だと思う。一方で、翻って考えて見ると、漢字そのものが元々持っていた語感が身体化され、その語感を伴ってその言葉を使う自分と、そうでない自分とをくらべたとき、僕は前者でありたいな、と思った。

先人達が天才性をもって編み出した漢字や言葉を自分も使えるようになりたい、そう真剣に考えている。けしてそれは、それらの言葉を使えない人を小馬鹿にしたり、敢えてそれらの人が分からないような言い回しを振り回して悦に入るような、スノビッシュなことではない。そういう低次元のことではない。

言葉を大切にする、というのは身体にきちんと入れることだと思っている。実際に使う、使わないは別として、それらの言葉がきちんと使いこなせる、運用言語として身体に血肉化している自分、そんな自分はきっと、言葉の裏側にあるもの、その言葉が使われたコンテクスト、あらゆるエクリチュールを纏って放たれる言葉の端々に対して、より深く敏感でいることができるのではないか、と考えたからだ。

言葉は神である。神によってならない言葉は何一つない。これは僕の勝手な言い分ではない。ヨハネによる福音書にきちんと書いてある。言葉は人からの借り物である。口頭伝承や書き綴られ続けることによって、後世である私たちに手によって伝えられた結晶なのである。

僕はその言葉を自分の手で書きたい、と思った。パソコンで偉そうなことを打って、こんな漢字を使えるんだぜ、というような小学生の弟を持つ中学生の兄のような構えではなく、あなたと共に美しい言葉にため息をつきたい、そんな風に思って生きていくことはできないか、と僕は考えているのだ。

美しい日本語に出会ったら、筆写をして唸る。その語感を身体に染み込ませる。僕はそんな風にして日本語を使って生きていきたい。


ではまた^^

2015年3月15日日曜日

来年やりたい英語の授業

来年、どんな授業をしようか、と考えています。入試も変わろうとしている、自分が変わるんだ、という気持ちにシフトしてみたけれど、現状の指導法を縁とすれば、何も変わらないまま、のんべんだらりと一年が過ぎ去ってしまう様な気がして怖いんです。


ここ10年くらい思っていることなんですけれど、世に言う「英語の4技能を伸ばす」っていうのは、わけて考えるものではないのではないんじゃないでしょうか。


読み書きの基礎(単語と文法)はある程度きちっとしていないといけないけれど、運用語彙とか認知語彙とかっていうのは、使っていって自然に身に付くものだから、使う状況をできるだけ多く設定しないと、運用できるようにはならないんですよね。


たとえば英作文を指導していて思うんだけれど、生徒たちは当然書けないです。自分に置き換えて考えると、僕は英語を書く時は英語を喋る時の回路で書いている気がするんです。書いてる最中で、書き言葉だから、この単語よりも、こっちの単語を使った方がより状況には近いし、文章も軽くならなくていい、と思って単語を入れ替える作業を頭で秒速でやっている、というだけの話。


話す=書ける、っていうのは繋がっている。なので、speakingを鍛えると、自然に書けるようになるはずだ、と僕は仮説を立てているんです。


生徒に大量の「和文英訳」や「自由英作文」をやらせるけど、できるようになりません。中学生以下の英文を書いてくるなんてザラ。こちらは躍起になって指導奮闘するけれども、それでもこちらが思い描く様な理想には一向に近づく気配もないんです。果ては「生徒に力が無い」という押付けがましい虚無感みたいなもので落着させるのが日常なんだけど、こちらの指導法を変えてみる、というメソッドが残されていることを、忘れてしまうんですよね。


先生になって20年近く経つから、自分としてはここいらで指導法を変えてみても良いのかな、と思ったりもしているんです。入試改革も呼号されてるし。いい機会かな、と思って。


英語の授業の中で、生徒が英語を喋る時間をもっと増やして行くと良いのではないか、と。また教師が生徒に英語で話し続ける時間を増やせば良いのではないか、って。キザな意味じゃなくてね。


英語を喋れる人って、習得するのにそれなりの努力してるから、話している時に、自分は他人よりも英語が使える、っていう鼻持ちならない気持ちで上から目線しちゃうことがあって、気をつけなきゃ行けないんだけど、そうならないように英語を使わないのではなくて、生徒たちに普段から英語を使うことが自然なんだ、と思ってもらうことに、実はヒントが有るんじゃないか、と僕は思ってるんです。


今考えているのは、授業の開始時にペアでスモールトークをすること、その後歌を歌って楽しむこと、さらにトピックについて英語で書いてみて、それを友達と交換して添削しあうこと、さらに新しい発見を友達と話すこと、グループ討論をすること、っていうのを繰り返し、繰り返しやってみたいんですね。それを繰り返すと、ごく自然に英語を英語のまま使えたり、理解したりできるのでは、と思っているんです。


当然、試験もありますから、それに対する対策みたいなのもしないと行けないんだろうけれど、遠回りに見えるアプローチから、入試すらも超えうる英語力が身に付くことの方が大事なんじゃないか、と思っているんです。


もう一つ。


リスニングを鍛える、って話なんですけど、リスニングもね、同じ様な方法でやれないかな、と思ってるんです。ある程度の長さのものを、映像とともに聞く、っていう動作を繰り返し、繰り返しやる。一応スクリプトは与えるんだけど、意味なんかザッと分かればいい、ってことにしておいて、辞書引かない、調べない、ただ聞く、っていう作業を増やすと良いんじゃないか、と思ってるんです。


生徒のレベルも有るから、初めは簡単な短い映像からスタートして、何を言ってるのかを友達と英語でsmall talkして、その内容をノートに書き留めながら、再度聞く、また話す、また聞く、っていう動作を繰り返せないかな、と僕は考えています。


週の中で行くと、あるクラスの授業の週の1回目がトピックについて話したり書いたりする(読解・ライティング)、2回目はトピックに関連する映像をひたすら見て英語を聞きながら友達と話す、3回目はトピックについて各自で調べて来てそれを発表する、4回目にトピックの内容が書かれている入試問題なりを解いて、それに関する自分の意見なりをアウトプットする、っていう方法で授業をやれないか、と思っているんです。


初めは中々力が上がって行かなくてやきもきもするんだろうけれど、そういう自然な形で授業アプローチをとっていくことで、生徒たちの揺るぎない力がつくのではないか、と僕は考えているんです。


だから、英作文の対策、とか、リスニングの対策、とか、項目別に特化した指導ではなく、包括的に4技能を鍛えて行く、っていうか、レベルを上げて行くような授業ができるのではないか、と思っているんです。


時間は掛かるかもしれないんですけど、そういう方法を来年取りたい。どこの学年だろうがどこの所属だろうが、同じ様なことはできると思っていますので、教科書を使って、どんなことができるのかを月末くらいから考えることができたらいいな、と思っています。


今さっき述べた様なことを柱に考えますと、たとえば中学生になら、中学生に向けた4技能授業ができるはずですし、高校生になら高校生に向けた4技能授業ができるはずです。


そこから、現状打破の糸口が見つかりはしまいか、と僕は睨んでいます。


たとえば自答するんですけど、生徒に書かせた物の添削はどうするのか、って話があって、これも色々考えたんですけど、今考えているのは、まずは生徒たち同士に添削をさせあって、生徒たちの文法チェック能力を上げる、っていうのはどうだろうか、と思っているんです。予めガイダンスの必要はあります。「読んで意味が分からない時は、?、って書いてあげて。文法的に意味が分かんない、って所に線を引いてあげて、友達に返してください。」って伝えて、ひたすら生徒間で添削させる。そうすると、自分の文法チェック能力も上がりますし、書く時の注意点も学び合えますよね。


まとまったものを教師が添削するのは、そういう過程を経てからでも良いのではないか、と僕は思います。添削の手間も負担も、こういうことをした後だと、グッと減りますしね。


まとまったものが書けるようになってくると、今度は読解する時の構えや姿勢が変わってくる。実際に自分も書いてるから、筆者の言わんとするところを汲む装置とか回路ができて来て、ああ、なるほど、って、落としどころとか、ピナクルがどれか、ってことがより明確になるんじゃないか、と僕は考えているんです。だって、自分が読んでる時がそうだから。


今までは自分がやったトレーニングを生徒にさせて、同じ様な技術を習得させたい、と思っていました。確かにトレーニングも大事ね。これ、本当に。単語も文法も構文もとても大事。それが土台なので、できないと話にならないから。


でも、来年度は、運用、という話を第一に据えて、授業をしていきます。準備大変そうだけど、まぁいいや笑。面白そうだから是非やってみたい笑。


面白そうなこと、大好き笑。過激にやりたいですね。


ではまた^^




2015年3月14日土曜日

話が分かり難くてすみません。

話が分かり難くて、すみません。


昨日ブログに発信者の用いる言葉や話について批判的に書いたら、幼なじみに、解ろうとしても解らない人もいるんだ、とご指摘を賜りましたので、言い訳します。


分からない人には何度でも教えますし、何度も説得をする、というのが情理を尽くす、の本意で有あって、分かる人だけが分かれば良い、というのは、理解ができる、という能力のことを言っているのではないんです。全然違う。


分かる人というのは、分かろうとする人のことを指す。分からない人というのは分かろうとしない人のことを云っているのです。


受け手の話と発信側の話が交錯しているので解りづらいと思うのですけれど、そういうことなのだと僕は思っています。


能力の適否によって受け手を選別するのであれば、その言葉はかなり狭い範囲に限定されて発せられることになります。これはたとえば、同じ技術なり、学問なりをやっていたりとか、趣味の話をしている時がそれですね。


思想信条や政治の話、哲学の話をしている時もこれと同じなのかな、と思いますが、上の例とこの場合が違うのは、技術や学問はお互いに専門的な技術なり、用語なりを共有しないと話が前に進まないのに対して、後者は相手の心や考えに訴えかける文章なので、受け手側に読もうとする気持ちがないと、読まれないし、心に入らないんですよね。


受け手側が分かりたいと思っている時というのは、何度も聞き返したり、調べたり、という苦労を惜しまないと思うんです。分かりたい、という気持ちはどこから来るのか。それはその言葉に呼ばれた時であり、その言葉を発した人とアンテナの感度が一致した時なんだと思います。


たとえば、愛着であったり、親しみの感情を寄せている人から発せられる言葉は、自分に取って一番身近ですし、そういう人から発せられる言葉には、相手から「おい、俺の話を聞けよ、な。」って言われなくても、耳や身体が感知して、きちんとキャッチしようと心が起動するんです。本当に。


たとえば家族や身近な先生、これは趣味のサークルで教えてくれる人でも良いんですけど、あるいは友達とか親友とか、親しい知り合いとかが何かを言ったりする時って、別段努力をしなくても聴くじゃないですか。分かること=分かろうとすること、ってそれに近い感覚なのだと僕は思っているんです。


わざわざパソコンなり、スマホなりでブログを読もうと思ってくださる方は、恐らく、今までの話の筋で言うと、僕と親しい人か、僕の教え子か、家族か、友人か、だと思うんですね。


その方々に発するメッセージとして、僕はこの人たちに最大限の敬意を払いたいし、払わなくてはダメだ、と思っているんです。だって、そうじゃなければ、書く意味がないから。


その人たちに分かる様な形でだけ発信をしていると、その人たちに対して使う言い回しや、話の中身がいつも決まって来たりする。そうすると、そもそも同じ様なことを言うんだったら、会ったときにコタツでみかんでも食べながらやりなよ、って話になるんですよね。


ブログに自分の考えなり、思いなりをわざわざ書くんですから、コタツで話せる様なことはコタツで話すとして、読んでくださった方が辞書を引いたり、ググったりしながらでも、読むような内容のことを僕は書きたいんです。


労を惜しまない、ということは、こちらに対して愛情が向けられている、ということですから。逆に、めんどうだからいいや、という気持ちだったらわざわざそんなことしませんし。


愛情を向けて書く、というのは、逆を返せば、相手からの愛情も受けたい、だけども、そこに用いる言葉は特別なものにしたい、薄っぺらな言葉遣いや、ありきたりのことを言うのでは、もどかしい気持ちがある、っていう感情から自然にわき起こることなんじゃないかな、と僕は思っています。


ですから、分からないからもうちょっと詳しく教えて欲しい、と問われれば、時間を惜しまない。相手がきちんと理解してくれるまで、何度でも話しますし、そのときに納得がいかなければ、それこそ長い時間を掛けて伝え続けて行く。そういう行為を通してしか、思いや考えは人の心には届かないのだ、と僕は考えているんです。


だから、難しい話をわざとしている、というのは相手の心や知性に対する僕なりの敬意ですし、配慮でもあるわけなんです。そんなの、なんの配慮だよ、って話だと思うんですけど、僕は自分の話を聞いてくれる人をバカ扱いするようなマネをしたくありませんし、そんな生き方はごめんだと思っています。


僕は関わる人にできるだけ愛情や愛着を持って人生を終わりたい。自分に対して愛着を抱いてくれる人を愛して死にたい。そう思っているんです。自分の揚げ足を取ったり、自分とは合わなかったり、嫌いだと思っている方に対して、時間を割くのは、残りの人生時間をソロバンで弾いても、割に合わないな、と思っているんです。


長くなって申し訳ないんですけど、僕が昨日ブログで書いたこととか、今まで書いて来たこととか、これから書こうとすることは、こういう気持ちに基礎付けられているんです。


りえちゃん、ごめんね^^;


では、また^^





2015年3月13日金曜日

「おまえさ、もっと分かり難い話をしてくれよ。」

「もっと分かり難く話をしてくれ」と、ふと思うことがある。

砂糖を塗したような読み易い文章が跋扈して久しい。分かり易いもの、読み易いものを読者が求めているとでも思っているのだろうか。

傲慢である。

分かり易い話が良く出てくるのは、発信側が受け手側に配慮した、と言えば聞こえが良いが、どうもそうではないのではないか、と10年来違和感を拭えないでいる。

私の知性の在処は、尊重され得ないのか、と。

私の言っていることが分からないと、私の本意が伝わらないでしょうから、あなたに分かり易いように噛み砕きますね、という含意を含んでいるのが読みやすい文章の体ではなかろうか。それは裏を返せば、お前には私の話は分からないだろうから、私が敢えて労を執って、お前に分かり易く話をしてやっているのだ、と云うことになりはしまいか。

これほど受け手側にとっての愚弄はないのではなかろうか。読む傍から、発信側に、お前はバカなんだからさ、と烙印を押されているようなものではないか。面白くない。

「短く、分かり易く、納得のいくように」というのは商売をするときに買い手に対して売り手が使う言葉遣いなのであって、決して読者の知性に刺激を与える話形ではない、と僕は思っている。
(この場合、専門家や研究者が素人の我々に対して話をする際の言語の話をしているのではないことを断っておく。)

僕は商売人ではないので、そんな文章の書き方をしたくないな、といつも思っているし、これからもそのようにしていくと思う。

僕は子ども達や仲間に向けて文章を書きたい。思っていることや考えていることをシェアし、知恵や知見を共有し合い、何かを高めたり、膨らませたりしながら、共に生きる共同体をより居心地良くしたい。僕らの住む社会が炬燵のような場所になればいいな、と思っているだけなのである。

分かり易く、短く、と話をする時には、大事だな、と思うことをかなり端折ったりしなければ行けないことも屡々で、もどかしい。俺が言いたいことはそういうことじゃ一寸足りないんだけどなぁ、まぁ紙面もあるから仕方がないんだけど、と思いながら頼まれ原稿などは書くが、SNSで自由に発信するのに、態々話を分かり易く短くする必要など、毛頭ないと僕は考えている。馬鹿馬鹿しい。そんなことしても、なんの意味もない。

長くて難しい話を人はなかなか読まないよ、と助言を賜ることも過去に有ったが、それが嫌ならば読まなければ宜しいのであって、こんな長い話に付き合ってられないという人に向けて文章を書いたりしたくない、と僕は考えている。

短く、分かり易く話をまとめようとすると、まとめる人の力量や伝えたい情報の質に依って、情理を尽くす努力を発信側が怠ることになりはしまいか、と僕は危惧しているのである。それはいけない。

自分の伝えたいこと、お前に言いたいことがあるんだ、と思うことは、相手が納得してくれるまで、情理の限りを尽くして、受け手に愛情と敬意を最大限払って発せられるべきであって、決して端折ったり、短くして出したりすべきではない、と僕は思っているのだ。それでは愛情不足である。愛の出し惜しみはいけない。愛は無条件かつ無報酬で相手に差し出されなければ、愛ではないからである。

愛スルは動詞である。名詞ではない。言葉ではなく行為行動を指す。端折る行為は、思いを目減りさせ、情念の速度や畜力を削ぐ。目の前に差し出された言葉は初めの勢いを失い、受け手側の脳を揺さぶる火の玉には成り得ないのだ。

この人は一体全体、私に何を問いかけようとしているのであろうか、と受け手側が思うとき、受け手の知性の感度は最高値に達し、臨界まで極限する。

僕は今目の前にいる人に眠る知性に語りかけたい。そう思っている。だから、授業でも、教室でも、普段共にいる人と話をする時、分かり難く、長く、納得がいくまで情理を尽くして語りたい、そんな風に考えているのです。

分かり易い話がいい人は分かり易い話を聴いたら良いと思う。もし心がカチッとクリックされて、長い話が読みたい、と思えばその時にまたお出かけ戴ければ、これ身に余る光栄なのです。

伝わる人にだけ伝わればいい。曲解を招くような、ともすれば広義に曖昧に受け取られてしまうような分かり易い話をするくらいなら、あなたにだけ語りかけるからね、確り聴いてね、と相手の眼を見据えながら話がしたい。僕はそう思う。

それが受け手側に対しての最大の敬意だと僕は考えている。

受け手に対して敬意を払わない文章は愛がない。愛のない文章は力と説得力を持たない。
僕は愛のある文章を紡ぎたい。

受け手の知性に最大限働きかけるように、文章を編みたい。そう思っている。

分かり難い話で申し訳ないが、分かり難いブログにするつもりなので、これからもこの調子は終ぞ変わることはないと思う次第であります。


ではまた^^

2015年3月12日木曜日

「贈り物」を受け取り、次の人へ「贈る」ということ。

昨晩、財布を紛失した。中身は大して入っていなかったが、身分証、免許証、カードの類いの再発行や機能停止が面倒だな、と思っていた程度で、大して気にも留めていた訳では無かった。


普段、取り立てるまでもなく、自分は金に無頓着なのだけれど、友達や知り合いの方が、自分以上に慌てて心配して呉れる様子を見ていると、少しは貴重品に附いて、考えを改めなければ行けないね、と思った。


財布が戻って来たことは良いことだが、この経験を通して感じたことは、日本という国に住む人々の心根の清さと、これを無くすと困るかもしれない某の為に、態々一苦労を担いで交番まで届けて下さった方が居られた事実だ。


この国に生まれて本当に良かった、と今日思った。


普段の行いがいいから、とか、運が良かったね、とか、色々と結果論的に縦横に思いを巡らせることも自由だが、物がなくなると困る人が居る、と案じる人が同じ国に住んでいることの感慨へ想いを馳せることの方が、今日という一日に味気を加うるに十分ではないか。


人の物を盗ってはいけない、と子どもの頃に教わるのは、洋の東西を問わず、当たり前のことかもしれない。英語では、”Finders, keepers, losers, weepers.”という盗ったもん勝ちみたいな言葉もある。だが、これは「無くした物にくよくよしたって、始まらないじゃないのさ。」という諌言であって、盗人猛々しさに感けた言葉ではない。


お財布を拾ってくださった方は恐らく、ご自身がお財布をなくされて困ったご経験をなさったか、周囲に斯様な方が居られたか、或は、「困った思いをされた方を助けなければいけない」という正義感が身体化され得るような教育乃至は躾を施されて育ったか、の何れかであろう。


その何れかの思いに至り、財布を手付けずに届けてくださったのだ。この方は他者へ良き思いをpassされたのである。贈り物をしたのである。則ち「無くなった物が見つかると、あなたはきっと助かるでしょ?」という思いを届けてくださったことに他ならない。この方の行ないは、物理的物質移動に寄与したことではない。物質移動の所為を行なう前に、誰かに「贈り物」を届けなければ、という贈与の念がまず発起し、その後、間髪入れずに財布を届け出る行動に奔ったのだ。というか、僕はそう勝手に解釈した。


僕は今、市井の顔の分からぬ何方かから、「贈り物」を受けた。今度はそれを、また別の誰かにpassしなければいけない。贈り物を貰いっぱなしにするのはいけない。贈り物は返すことによって初めて、次の贈り物が届く準備が整う。


これは物理的なモノだけの話ではなく、何方かから受けた厚意なり、厚遇に対して、直接的に反応して行くこともさることながら、間接的に自己の環境に於いて、様々な方へ善意の贈り物を返し続けることを意味している。


自分の私利私欲を深めようとして、最後には自滅したり、村八分となる御伽草子には枚挙に遑がないが、あれらの昔話は、私たち「子ども」に対して、欲張りはいけないよ、ということを教えることが本意として編まれた訳ではないのではないか。そんな狭義な意味の噺なら、態々多くの口頭伝承に依って現代まで語り継がれる歴史的価値は、人の口伝てになるに連れ、色あせて溶けてしまう。


誰かから受けた良い行いやモノは、みんなでシェアしましょう、というuniversalな広義を、先祖先達が、何としても後世に語り継がねばならぬ、という人類的命題を無意識に掬い取ったからこそ、その感度が高かったからこそ、今でも語り継がれ続けているのではないか。


財布を紛失した経験を通して、そんな風なことに思いが至った。


とても良い気分だ。晩の葡萄酒の味はまた、格別であろう。



ではまた^^

2015年3月11日水曜日

再び「草枕」

「草枕」の読みかけを読み進めるが、なかなか先へと進ませてくれない。紅葉漱石は意地が悪い。刺激的な語彙や言い回しが目を捕らえて放さない。日本語をこんなに深く味わいながら読むのは何年ぶりだろうか。大学に通っていた頃、赤鉛筆で至る所に線を引きながら、三島由紀夫の小説を読み耽っていた頃を思い出す。

草枕。矢も盾も堪らなくなり、ノートを購入して、気になる語彙を書き綴ることにしてみる。現在の口語乃至は常用漢字、常用口語表現が失って久しい美しい日本語、仮名遣いが如何なく随所に鏤められ捲っている。

確と、という表現は「しかと」と読む。確実で間違いのないことを表す言葉だが、我々が現在使っている「しっかりしなさい」とも同語源を持つ。「確と見届ける」などの表現は今でも用いるが、口語で日常的にこの語をverbal commandとして頻用する例には中々お目に掛かれない。

一例には枚挙に遑がない。唸るばかり。ノートにどんどん書き綴って、一々嘆息する。紅葉漱石の恐るべき秀才振りに圧倒される。打ちのめされる、という語彙はこういう心持ちを表現するに相応しい。

芸術家が日常の一場面を切り取って、それを美の極みにまで高める様はどのような事なのか、漱石は以下のような表現で表す。

「この故に天然であれ、人事にあれ、衆俗の辟易し近づき難しとなす所に於て、芸術家は無数の琳琅(りんろう)を見、無情の宝璐(ほうろ)を知る。俗にこれを名けて美化という。その実は美化でも何でもない。燦爛(さんらん)たる光は炳乎(へいこ)として昔から現象世界に実在している。只(いち)(えい)眼に在って(くう)()乱墜(らんつい)するが故に、俗界の覊絏(きせつ)(ろう)として絶ち難きが故に、栄辱(えいじょく)(とく)(そう)のわれに(せま)ること、念々切なるが故に、ターナーが汽車を写すまでは汽車の美を解せず、応挙が幽霊を描くまでは幽霊の美を知らずに打ち過ぎるのである。」

日常の凡庸なる一原風景を、芸術家が見る世界。見た物を捕らえてtraceし、表現する。その美しさにため息を漏らす私たちは、芸術家のフィルターを通して初めて、私たちの周囲に無造作に置かれたobjectsの美の真髄に近づくことができる。芸術家の面目如実さ足や、ここに有り。

化学の先生と先日話していて伺ったが、今現在高校生が学んでいる物理や化学などの理科科目は自然科学の学問の世界では古典なのだそうである。今現在のテクノロジーに対してこれらの学識や知見が必ずしも即効性を持ち得るものではない、と先生は仰っていたが、間髪を入れずに、でも、古典の知識がないと、今現在のテクノロジーも全く理解ができないようにできてるんだよね、だからさ、古典ができないと、どこの世界でもやはり駄目だ、って事なんだよね、と二の句を続けられた。

温故知新。全くその通りである。再び漱石に戻り、暫し日本語の美の世界に包まれていたい。

第6章の美しい散文詩のような一節で今日は終わりたい。
「空しき家を空しく抜ける春風の、抜けて行くは迎える人への義理でもない。拒むものへの面当でもない。自から来りて、自から去る、公平なる宇宙への意(こころ)である。掌(たなごころ)に顎を支えたる余の心も、わが住む部屋の如く空しければ、春風は招かぬに、遠慮もなく生き抜けるであろう。」

では、また^^

もっとも大いなるもの

単語の綴りを一生懸命練習するけれど、何度も、何度も間違える子がいる。 でも、授業中、何度もうなづきながら説明を聞き、話に耳を傾け、大きな声で歌を歌う。フォニックスの発音を、口を縦横いっぱいに開けて発音する。 oshienと単語テストに書いてきた。oc...