2016年11月16日水曜日

子供達の成長を見つめて。

2学期に入ってからあまりブログを更新していませんでしたが、今日はとても嬉しいことがあったので、どうしても書いておきたいと思い、久しぶりにブログを書くことにしました。

9月に入ってから、夏休みに全国のいろいろな先生方から教えていただいたことを自分で整理し、消化しながら自分の授業を変えていく日々が続いていました。

9月は教科書のレッスンの使い方をかなり頑張って変更し、苦戦を強いられました。とても苦しんでいて、誰にも相談することもできず、どうすれば子供達がグループワークに積極的に取り組むようになるんだろうか、と脳に汗をかく日々が続きました。

9月からはインプットの量を増やし、子供達のアウトプット力を高めていくことを決意していましたので、教科書の音読を基軸トレーニング化することにシフトし、既習のLesson6に固定して同時通訳トレーニングを行ってきました。また、学年で採用されている単語帳キクタンリーディングの文章を使いながら、同通トレーニングにより、語彙習得を高めようとつとめてきました。

Oxford Essential Dictionary英英辞典の取り組みは、語義をノートに書く前に、自分で語義を考えて書き、その後OEDの語義を確認して、驚いた部分に赤線を引いたり、コメントを書いたりしておいで、と伝えました。

インプット指導熱が高まってきて、10月の初め頃、週一回20〜30分の多読では、絶対にインプット量が足りないと判断し、毎時正課の授業で20分、週四回あるから80分、月にすると5時間半くらい英語の絵本を読書させることを決意し、今に至っています。現在その多読の活動が2ヶ月くらい経ちましたが、今日のブログの冒頭に書いた嬉しいことはここにあります。

英語が苦手なある男の子が、今日の朝の授業の多読中に、絵本のリーディングレベル5のものを読んでいました。多読の方法を教わった時に、「やさしいものをできるだけたくさん、ゆっくり、息長く読んだ方が読解力や語彙力、英語力は伸びる、というデータが豊田高専の先生のデータで実証されている。」と聞かされ、英語が苦手な生徒たちには、できるだけ細心の配慮をして取り組ませてきたつもりだったので、びっくりしてしまったんです。

多読中の教室は、大学の図書館のように静かで、誰も居眠りをしている子供はいません。読書の習慣がついたのか、集中力が切れずに読めているので、私語を絶対にしないのです。

他の生徒の妨げにならないように、僕は小声で、「ねぇ、これ、かなり難しいと思うけど、どう?読めるかな?」と尋ねました。

その子は恥ずかしそうに、「先生、僕、こないだレベル3を読んでて、それで、ちょこっとレベル5を読んでみようと思って読んだら、全然わからんかったけん、レベル4を全部読んだんすよ。そしたら、レベル5がすーっと読めるようになったんです。」と言いました。もう、この子を抱きしめたくてたまりませんでした。

英語が苦手で、英語の授業はチンプンカンプンなはずだったこの子が、自分の力で英語の絵本を手に取り、半年かけて自分で英語がわかるようになったんです。読めるようになってきたんです。レベル5の絵本は、長文読解問題の1題半くらいの文章量でしょうか。それを20分で1冊と三分の一くらい読むんです。

この子は誰からも力を借りずに、自分で絵本を手に取り、自分で選んだ本を自分のペースで読んでいき、難しいレベルに入っても無理なくスムーズに英語が読めるようになっている。これが喜ばずにおられましょうか。

子供が自分で伸びる力は本当にすごい。子供達の力はいくらでも伸びる。先生が何も教えなくても、子供たちは自分でわかりたい、できるようになりたい、という気持ちを持って取り組むことができる。素晴らしい現場を目の当たりにした心持ちがしました。

また、放課後の多読授業の時間、Roger Nichols & the Small Circle of Friendsというグループの、"Let's ride", "I'm coming to the best part of my life"という名曲を2曲歌いました。教室は思いがけず大合唱になり、子供たちが大きな声で、とてもマイナーで古いオールディーズの洋楽を、秋の夕方、野球部の練習が聞こえてくる教室で合唱している姿を見て、僕は胸が震え、興奮を覚えました。

その後、Oxford Reading Treeシリーズの本に加え、名古屋で英語教室をなさってあるI先生がご好意で貸してくださったハロウィン関連の大量の絵本を混ぜて、好きなものを読みなさい、2 Finger Ruleでね(見開き2ページに2個以上わからない単語が出てきたら、迷わずレベルを一つ落として読むこと。京都外大の安木先生にご教授いただいた多読メソッドです)、と伝えて多読活動を30分行いました。

そこには元気のいい、だけども英語がとても苦手な男の子が座っています。その子はレベル6を読んでいたのです。もしや、と思いつつも、その子にも、「難しい本読んでるね。すごいじゃない。」と小声で言うと、はにかみながら嬉しそうにしていました。「前のレベルのやつは全部読破したの?」と尋ねると、「レベル4、5まで全部読んでて、今これなんです。」と笑顔で答えてくれました。「読んでて、意味がわかる?」と尋ねると、「前のレベルを全部読んでから、あー、だいたいこれはこう言う意味か、これはこう言う流れね、と言う感じでお話が掴めてきました。」と言う返事が返ってきました。「大成長だね!すごい!すごい!素晴らしいことだね!」と返すと、とても嬉しそうにしていました。

多読を毎回の授業で20分ずつ入れ始めてから1ヶ月半が過ぎようとしています。1学期まで英語が苦手だった子、英語が嫌いだった子が、真剣に集中して絵本を読んでいます。また、活動をする時、絵本を読み聞かせしあったり、絵本の内容を英語で友達に説明したりする時、子供たちは笑顔で、元気いっぱいに取り組みます。

スピーキング活動とライティング活動の連動では、1学期には何度やっても3、4行しか書けなかった生徒たちが、今では、5分間でB5の3分の2を埋め尽くす英語が書けるようになりました。

教科書を使った同時通訳トレーニングでは、シャドーイングが一番の得意で、その後の逐語訳トレーニングも、なかなかできずに友達とキャッキャと言いながらトレーニングを楽しんでいます。

教科書の内容をグループで読んでいくグループワークでは、男子と女子が連携を取り、協力しながら英文を読み解き、英語の質問に答えて行っています。

特別なことは何もしていないのに、英語ができなかった生徒がとても喜んで多読やスピーキングに取り組み、苦手だったことを苦に思わずに取り組めるようになりました。

体感で、読解やリスニングやライティングに対して、物怖じしたり、無意味な恐怖心を抱かなくなりました。素晴らしいことだと思っています。

子供達の成長を見つめながら、子供達はみんな、できるようになりたいんだな、わかるようになりたいんだな、わかるようになると楽しく面白くなるんだな、と言うことを、口には出さなくても、心から望み、願っていることを、子供自身から教わりました。

英語が苦手だったり、劣等感を感じていたり、英語が嫌いだったりする生徒を5分でも10分でもいい、輝かせたい、笑顔にさせたい、と、今日生徒たちからまた励まされた気持ちになりました。

生徒たちが笑顔になるのが本当に嬉しいです。何にも代え難いご褒美をもらった心持ちになりました。

2016年11月1日火曜日

子供に勝る天才なし。

8月、9月、10月と怒涛の日々が過ぎ去りました。北は仙台、福島、茨城、東京、名古屋、京都、大阪、博多、と様々な場所で多くの先生方と出会い、多くの示唆とご教授をいただきました。

生徒たちの頑張りを毎日毎日、ノートでの対話を通して見つめています。

同時通訳トレーニングを始めた時、これを中高現場に卸すのは、狂気の沙汰だ、絶対に無理だ、と多くの人から言われました。何度も何度も言われました。

でも、今、自分が教えている生徒たちの活動の姿を見たり、音読トレーニングノートのコメントを読んでいたりすると、限界を決めているのは、大人の方なんだな、ということがわかりました。

子供達はどんなことにも柔軟に対応できる力を持っている。学力と言われる偏差値のような輪切りに誤魔化されて、いつしか僕ら大人は、子供達の可能性を信じる自信を失っているのではないか、と僕は強く思いました。

子供に全部英語で授業をしたら、苦手な子や英語が嫌いな子が、ますます英語を嫌いになると、昔管理職に言われました。

でも、英語で授業をしていても、読み聞かせや、歌や、ORTや、スピーキングのリクエストは、音読トレーニングノートのコメント欄には何度も上るのに、英語で授業をしないで欲しいと書かれたことは一度もありません。

僕の英語をわかっていない子供たちもたくさんいると思います。でも、子供達が寝ないんです。子供達が伸び伸びと授業を楽しんでくれているんです。

課題のノートである、OEDノート(英英辞典ノート)や、音読トレーニングノート(音読を記録するノート)に、溢れんばかりの情熱的なコメントが毎週毎週、毎日、毎日、これでもか、これでもか、と並ぶんです。

子供達の頑張りを見ていると、大人である自分が、子供達の限界を決めてしまっているのではないか、と恥ずかしくなります。

今、放課後補習の時間に多読を行っていますが、それでは足りないのではないか、と思い、正課の授業中に、20分間以上(生徒が熱中しているときは30分くらい)、ORTの多読をやっています。週に四回授業があるから、生徒たちは週に80分くらい英語の本を読んでいる計算になりましょうか。

生徒たちは夢中になってORTを読んでいます。こんな姿を僕は20年前に想像もしていませんでした。受験のドリルと問題演習をすれば生徒は伸びると思っていました。でも、それは違うんだ、と今は本当に、強く心から思います。

生徒たちに協働学習をさせることを戸惑っていた時期がかなり長かった。でも今は、協働学習が、生徒の集中力、協調性、自己発信力、聴く力、英語へのアプローチ法、全てを変えていくんだと現場で目の当たりにしています。

先生が一方的に何かを教授するよりも、子供達に時間をあげて、考えさせて、ヒントをあげて、自分たちで勉強に向かわせることで、子供達が英語の学力のみならず、生きる力を、他者を思いやる心を、人の話を集中して愛情を持って聴く力を養っていけるんだ、と子供達の姿を見て学ばされました。

子供達の姿を見ていると、子供達はなんでもやります。なんでもできます。子供達はどんなことでも乗り越えていけます。

不安や心配を持っているのは大人の方なんです。子供達ではない。大人が現状や、子供達の成長や、子供達の伸びを縮めている。狭めている。決め付けている。

僕はそう思っています。

毎朝、子供達からノートが上がってきます。それを僕は毎朝心待ちにしています。子供と対話ができる時間、子供が、先生、あのね、こんなことあったんだよ、と書いてくる時間を楽しみにしています。

今教えている生徒たちの先生で僕は本当に幸せです。
この子たちを立派な大人に育てたい。
この子たちが弱者を切り捨てない素敵な人になって欲しい。

だから僕は誰も見捨てないし、見捨ててはいけない。
どんな子供も大切にしないといけない。

どんな生徒も、人として、一人の人間として、尊重し、寄り添い、良きサマリア人として寄り添い続けたい。どんな子供も見捨てたくない。どんな子供とも仲良くしたい。どんな子供も尊重したい。

さらには、どんな学校の先生とも、生徒とも関わりたい。どんな先生でも、子供達の前では良い先生であって欲しい。

どんな子供達でも、どんな先生に習っていても、幸せで嬉しい時間を一瞬でもいいから、過ごして欲しい。そう、心から願っている。

僕は20年前とはほとんど変わっていません。20年前に子供のことを心からかわいい、と思えた自分を神様に心から感謝しています。こんな仕事を与えられたことを、神様に心から感謝しています。本当に素晴らしい仕事に巡り会えました。僕は死ぬまで子供に教えて死にたい。そう心から思っています。

マジックジョンソンが残した言葉が素晴らしくて、20年前に出会ったのですが、未だに忘れられなくて、今日掲載します。胸が震えます。あの時の気持ちは今だに失われずに地続きです。

子供達、いつもありがとう。本当にありがとう。

Don't let anyone tell you what you can't do.

If you don't succeed, let it be because of you.

Don't blame it on other people.

A lot of people doubted me, too.

Some people don't want you to make it, because they're not going to make it.

They're give up, so they want you to give up, too.

As the saying goes, misery loves company.

Don't give up!

Surround yourself with people who are energetic and disciplined.

Surround yourselves with ambitious, positive people.

If there are adults you admire, don't be afraid to ask them for help and advice.

You're the only one who can make the difference.

Whatever your dream is, go for it.

もっとも大いなるもの

単語の綴りを一生懸命練習するけれど、何度も、何度も間違える子がいる。 でも、授業中、何度もうなづきながら説明を聞き、話に耳を傾け、大きな声で歌を歌う。フォニックスの発音を、口を縦横いっぱいに開けて発音する。 oshienと単語テストに書いてきた。oc...