卒業式があった。生徒たちが巣立って行く。卒業おめでとう。
6年間一緒だった生徒、3年間一緒だった生徒、本当にありがとう。
きみらと毎日一緒に過ごせて、本当にしあわせだった。
きみらと一緒にいると、いつも喜んでいることができた。
きみらからたくさんの元気とパワーをもらった。
ありがとう。
満足のいく指導を十分にしてあげられず、申し訳ない気持ちがしている。
駄目な自分をどうか許して欲しい。
きみたちがかつてこの学舎をくぐったときには、ここはきみらにとって、ただの建物でしかなかった。
今、卒業を迎え、その建物はきみたちの「我が家」になった。そして、僕らは家族になった。
これから色々な道に進むと思う。
いいこと、悪いこと、退屈な毎日、刺激的な毎日、様々に人生は展開すると思う。
もし「つかれた」時は帰っておいで。ここでしばらく休んだらいいと思う。
マタイによる福音書11章の言葉にあるとおりだ。
「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう」(28節)。
(マタイによる福音書11章28節)
きみらがここで学んだことはcooperationだと思っている。協調性、協働性。
これから、職場、学校、家庭、様々な場面で弱者の隣人であり続けて欲しい。
それを願っている。
感謝の気持ち。親御さん、お世話になった先生方、関わって下さった方に感謝の気持ちを忘れないで欲しい。イエス様が仰っている事に耳を傾けて。
「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。」
(テサロニケの信徒への手紙 5章16-18節)
人生に勝ち負けはない。
僕の祖母は、極貧の家庭に育ったため、満足な教育も受けられず、生涯自分の名前すら書けなかった。彼女は女中奉公をしながら、家計を支え、結婚し、僕の母を立派に育て上げ、僕ら兄弟にきちんと教育を受けさせ、最後まで自分のわがままや望みを一切口にせず、膵臓ガンで天に召されていった。
彼女の遺品を整理しているときに、壱万円札の入ったビニール袋と、広告の裏にカタカナで自分の名前を数回書いてあるメモ書きが見つかった。
祖母は字が書けないことを恥じ、金を決して銀行に預けようとはしなかった。僕と母は、祖母が練習したその文字を見て、涙が止まらなかった。
彼女は病床にて、死の2日前にクリスチャンになった。彼女の生き様を体現した聖書の箇所を、彼女が亡くなった後、母と何度も読んだ。
「わたしは、他人の金銀や衣服をむさぼったことはありません。ご存じのとおり、わたしはこの手で、わたし自身の生活のためにも、共にいた人々のためにも働いたのです。あなたがたもこのように働いて弱い者を助けるように、また、主イエス御自身が『受けるよりは与えるほうが幸いである』と言われた言葉を思い出すようにと、わたしはいつも身をもって示してきました。」
(使徒言行録20章33~35節)
過去の教え子で、難関私大に進学し、有名私学に学んで、大手企業に就職が決まった教え子が尋ねてきたことがあり、その子が嬉々として「自分は勝ち組なんだ。」と言い放ったことが忘れられない。次の瞬間、僕はその子を見ながら笑顔で、「じゃあ、小学校にも満足に行けなくて、自分の名前も書けなかった僕の祖母は負け組ですね。」と伝えた。その子は何かまずいことを言ってしまった、という顔をして、黙って僕を見ていた。「僕らは学ばなければ行けないことがまだまだあるんだよね。」とその子に伝え、祖母の話をしたことを覚えている。人生に勝ち負けはない。お金なんかは少しで良いのだ。
「わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる」
(マタイによる福音書11章29節)。
「もし人生がテレビに映し出される映画のようなものなら、ある人はそれをコメディーだと言い、別の人は悲しいお話だ、と言うかも知れない。自分の人生はよりよいものを自分で選べる。」
これは僕が同僚のマイケルに話した言葉。卒業の餞に。
昨晩、親しい戦友と遅くまで酒を飲んだ。何でも話せる大切な友人。卒業式の夜、その戦友の前ではたくさん涙が出た。
戦友が帰宅した後、僕は就寝しようと床についた。携帯に以下のメールが届いた。涙が止まらなかった。そして、これからもっともっと頑張って仕事をしようと思った。
「先生!!
6年間本当にありがとうございました(´つヮ⊂)
突然なんですけど、俺、英語自体は好きなんです
たしかに勉強は全然できないし、嫌いだけど笑
でも英語で喋ったり、英語で映画見たり、音楽聞いたりってのはすごい好きで
そういうのって、この学校に来てなかったら絶対なってなかったし、先生に出会ってなかったら絶対なってなかったと思ったんです。
実際グラマーよりリーダーの方が好きで、黙々と問題解くより、音読したり、皆で英語の音楽歌ったり、そういう方が僕には楽しくって、記憶に残ってるんです。
先生は以前、僕たちに俺のせいで英語を嫌いにさせたかもしれないって言ってくださったことありましたよね?
でも俺、先生に出会ってなかったら英語の楽しさなんて1ミリも知らなかったと思うし、嫌いだったと思うんです。
きっと、こう思ってるのは自分だけじゃないと思います!
それに、先生は僕たちに本気でぶつかってくれて、俺は本当に先生の事が好きです!笑
結局何が言いたいんだよみたいになっちゃいましたけど、
偉そうになっちゃいますけど、先生の英語の教え方に間違いはないと思います!
そして、俺は英語が好きです!笑
これからもよろしくお寝いします□」
卒業おめでとう。幸多き未来を^^
2015年3月3日火曜日
2015年3月1日日曜日
学びの起動(☆ブログの最後に先生向けの業務連絡あり)
息子たちとテニスと卓球をしてきた。ラケット競技を始めて9ヶ月。もし去年、テニスを始めなければ、息子たちとの至福の時間は訪れていなかったと考えると、人生、何が幸いするか、分からない。
親しい友人の勧めで、テニスを始めた。僕はやってみたことがないことをやるのが大好きなので、とりあえずはじめてみようと思ってテニススクールに通い始めた。我流でなんとなくやるのは嫌だった。やるからには、きちんとしたかった。直ぐに見学に行き、その場で申し込みを決め、その週には通い始めていた。初めは週1の練習だったが、そのうち、これは週1回だけやっていても、上手くならないな、ということが分かり、週2回に変え、社会人のサークルにも行ける限り参加するように心がけてみた。そうやって、どうにかこうにか9ヶ月の歳月が流れた。寝ても覚めてもテニスの練習のことを考えている毎日が続いた日々だった。
コーチから指摘されたことは必ず守った。コーチの仰ることに忠実に従うことのみこそ、上達の近道であることを分かっているからだ。知ったかぶりをしない、決してぶれない、他の人の茶々入れに惑わされない、コーチから言われたことをただ只管忠実に守り、練習に打ち込む、その姿勢を今でも頑に守っている。
知らないことを見よう見まねでやってみても上手くいかない。僕には師が必要だ、ということが分かっていた。学びを起動するときに一番大切なのは、知ったかぶりをしないこと、上から目線で斜に物を見ないこと、批判精神を捨てること、自分が師と仰ぐ人を見つけること、師に礼節を欠かさぬこと、と内田樹さんは著書の中で繰り返し、繰り返し説いておられる。
これはフランス哲学者エマニュエル・レヴィナスの本に書いてあるそうで、僕は内田樹さんの「レヴィナスと愛の現象学」という本を読んで学んだ。それ以来、この言葉を、学校で生徒たちに繰り返し、繰り返し説いてきた。
師と仰ぐ人は数多くは要らない。人生の節目の中で出会い、その師を超える師にであった時、その師の元を離れ、次の師に出会う、その繰り返しで人生を終えて行くのである。自分が師と仰ぐ人も、弟子の時にはそうであったはずである。
数年前から一人で色々なことを考え、人生をリセットすることに、かなり長い時間を割いた。そのとき、自分には新たな師や新たな仲間が必要であること、自分に素直でいること、自由でいる必要があることが分かった。そして今日まで充電を重ねてきた気がする。
今、自分はテニスを習い始め、テニスのコーチが自分の師である。それ以外に師を持ち合わせてはいない。敬愛する中別府温和先生は自分の中に燦然と輝くGuruなので、彼を超える師は居ない。そうではなく、今人生の指針とすべき師、自分の学びを深め、高めて行く師はテニスのコーチである。テニスを通して、何かを学び、何かを掴む人でありたい。テニスを通して自分自身の学びを深めて行きたい、今はそう考えている。
テニスが少しできるようになり、息子たちと遊ぶ時に、ラケット競技という項目を加えることができるようになった。彼らはテニスや卓球が大好きで、一緒になって大はしゃぎしている。こんなことができるようになるなんて、自分は夢にも思わなかった。
友人から、テニスを始めてみてはどうか、という背中押しがなければ、このチャンスは永遠に訪れていないはずだから、人生は不思議なものである。勧めてくれた友人は、かなりのテニスの腕前なので、自分とはなかなか打ってはもらえない。だが、あの友人の勧めがなければ、と思えば、友人にいくら感謝をしても為尽くせない。感謝一入である。
テニスによって、息子たちとの笑顔の時間が増えた。テニスや卓球の話をしている時、お互い夢中になって話をしている時間が生まれた。そのことは僕ら親子にとって、かけがえのない時間となった。
幾つになっても、新しいことは始められる。金になるとか、ならぬとか、そういう詰まらない下卑た理由で、やることを選別する様な浅はかな真似を僕はしたくはない。ここ数日何度も繰り返し書いていることだが、自分のうちなる声(voice)に従い、自分の直感や思いで、やりたいこと、打ち込みたいことを決めることができる人でいたいと僕は思っている。
☆お知らせ☆
3/30(月)の午後、勉強会をしようと思っている。場所は博多。参加人数は10~15名の少人数で行ないたい。
授業形態は基本的にall in Englishで行ないたいので、英語で授業を行えない、という方にはご遠慮頂く。所属は、中学の先生でも、高校の先生でも、公立、私立も問いません。学校教員で前向きでやる気のある方であれば、どなたでも歓迎します。
ただし、オブザーバーや聴講のみは申し訳ないけれど、お断りしたい。実際に授業を行ったり、前に立ち、きちんと発表をするのでなければ、参加をする意味がない、と僕は考えている。参加者全員がcommitするような会でなければ、勉強会をする意味がないと考えているので。申し訳ないけれど、そこははっきりとさせておきたい。
僕が何かを教え諭したり、講釈を打つ会ではありませんので、念のため。
参加者全員がきちんと考え、学び、気持ちを新たに活き活きと学び合う会にしたい。そういう会をやりたいのです。
dassenglish73@gmail.com
まで参加表明をしてください。
申し込みは
1 氏名
2 所属校名
3 携帯番号
4 メールアドレス
5 会で学びたいこと・シェアしたいこと
の5点を必ず明記の上、お申し込みください。
参加者の先生方のみ に、詳細情報を3月16日(月)に送信致します。どうぞよろしくお願い致します。
親しい友人の勧めで、テニスを始めた。僕はやってみたことがないことをやるのが大好きなので、とりあえずはじめてみようと思ってテニススクールに通い始めた。我流でなんとなくやるのは嫌だった。やるからには、きちんとしたかった。直ぐに見学に行き、その場で申し込みを決め、その週には通い始めていた。初めは週1の練習だったが、そのうち、これは週1回だけやっていても、上手くならないな、ということが分かり、週2回に変え、社会人のサークルにも行ける限り参加するように心がけてみた。そうやって、どうにかこうにか9ヶ月の歳月が流れた。寝ても覚めてもテニスの練習のことを考えている毎日が続いた日々だった。
コーチから指摘されたことは必ず守った。コーチの仰ることに忠実に従うことのみこそ、上達の近道であることを分かっているからだ。知ったかぶりをしない、決してぶれない、他の人の茶々入れに惑わされない、コーチから言われたことをただ只管忠実に守り、練習に打ち込む、その姿勢を今でも頑に守っている。
知らないことを見よう見まねでやってみても上手くいかない。僕には師が必要だ、ということが分かっていた。学びを起動するときに一番大切なのは、知ったかぶりをしないこと、上から目線で斜に物を見ないこと、批判精神を捨てること、自分が師と仰ぐ人を見つけること、師に礼節を欠かさぬこと、と内田樹さんは著書の中で繰り返し、繰り返し説いておられる。
これはフランス哲学者エマニュエル・レヴィナスの本に書いてあるそうで、僕は内田樹さんの「レヴィナスと愛の現象学」という本を読んで学んだ。それ以来、この言葉を、学校で生徒たちに繰り返し、繰り返し説いてきた。
師と仰ぐ人は数多くは要らない。人生の節目の中で出会い、その師を超える師にであった時、その師の元を離れ、次の師に出会う、その繰り返しで人生を終えて行くのである。自分が師と仰ぐ人も、弟子の時にはそうであったはずである。
数年前から一人で色々なことを考え、人生をリセットすることに、かなり長い時間を割いた。そのとき、自分には新たな師や新たな仲間が必要であること、自分に素直でいること、自由でいる必要があることが分かった。そして今日まで充電を重ねてきた気がする。
今、自分はテニスを習い始め、テニスのコーチが自分の師である。それ以外に師を持ち合わせてはいない。敬愛する中別府温和先生は自分の中に燦然と輝くGuruなので、彼を超える師は居ない。そうではなく、今人生の指針とすべき師、自分の学びを深め、高めて行く師はテニスのコーチである。テニスを通して、何かを学び、何かを掴む人でありたい。テニスを通して自分自身の学びを深めて行きたい、今はそう考えている。
テニスが少しできるようになり、息子たちと遊ぶ時に、ラケット競技という項目を加えることができるようになった。彼らはテニスや卓球が大好きで、一緒になって大はしゃぎしている。こんなことができるようになるなんて、自分は夢にも思わなかった。
友人から、テニスを始めてみてはどうか、という背中押しがなければ、このチャンスは永遠に訪れていないはずだから、人生は不思議なものである。勧めてくれた友人は、かなりのテニスの腕前なので、自分とはなかなか打ってはもらえない。だが、あの友人の勧めがなければ、と思えば、友人にいくら感謝をしても為尽くせない。感謝一入である。
テニスによって、息子たちとの笑顔の時間が増えた。テニスや卓球の話をしている時、お互い夢中になって話をしている時間が生まれた。そのことは僕ら親子にとって、かけがえのない時間となった。
幾つになっても、新しいことは始められる。金になるとか、ならぬとか、そういう詰まらない下卑た理由で、やることを選別する様な浅はかな真似を僕はしたくはない。ここ数日何度も繰り返し書いていることだが、自分のうちなる声(voice)に従い、自分の直感や思いで、やりたいこと、打ち込みたいことを決めることができる人でいたいと僕は思っている。
☆お知らせ☆
3/30(月)の午後、勉強会をしようと思っている。場所は博多。参加人数は10~15名の少人数で行ないたい。
少人数で情報をシェアし合い、授業をし合う会にしたい。セミナーなどで講師などをなさったりしてない先生方向け。
ただ聴講する会ではなく、授業を実際に行ない、良い所を褒め合い、新しい手法や新たなメソッドを探り合う会にしたい。
授業形態は基本的にall in Englishで行ないたいので、英語で授業を行えない、という方にはご遠慮頂く。所属は、中学の先生でも、高校の先生でも、公立、私立も問いません。学校教員で前向きでやる気のある方であれば、どなたでも歓迎します。
ただし、オブザーバーや聴講のみは申し訳ないけれど、お断りしたい。実際に授業を行ったり、前に立ち、きちんと発表をするのでなければ、参加をする意味がない、と僕は考えている。参加者全員がcommitするような会でなければ、勉強会をする意味がないと考えているので。申し訳ないけれど、そこははっきりとさせておきたい。
もう一つ。初めに断りますが、僕は講師なのではなく、参加者の一人です。
皆さんと良き学びになるようにfacilitatorをする程度。僕が何かを教え諭したり、講釈を打つ会ではありませんので、念のため。
参加者全員がきちんと考え、学び、気持ちを新たに活き活きと学び合う会にしたい。そういう会をやりたいのです。
実りの多い会を期待しています。では、参加をお待ちしています。
参加ご希望の方は
dassenglish73@gmail.com
まで参加表明をしてください。
申し込みは
1 氏名
2 所属校名
3 携帯番号
4 メールアドレス
5 会で学びたいこと・シェアしたいこと
の5点を必ず明記の上、お申し込みください。
参加者の先生方のみ に、詳細情報を3月16日(月)に送信致します。どうぞよろしくお願い致します。
2015年2月28日土曜日
草枕
たまっていた家事を朝から片付けててんやわんや。やれやれである。洗濯物を畳むのだけで小一時間も掛かっていては世話はない。溜め過ぎである。
新しい洗濯物を干し、ソファーに投げ出された衣類を片付け、部屋の換気をして、購入してきた夏目漱石の草枕を読む。
明治が生んだ日本の巨人のエッセイ風な小説なのだが、冒頭の1章を読むだけで、漱石がいかに天才だったかが伺える語彙と表現が、これでもか、これでもか、とグイグイ迫ってくる。
現代人が普く用いている日常語を数多く生み出した天才の文章は凄まじい。西洋から入ってきた外来語を日本語の概念に即して翻訳していった達人である。彼の書く文章には足下にも及ばない。
西周、中江兆民、夏目漱石、福沢諭吉、坪内逍遥、彼らが明治に成し遂げた偉業は礼賛し尽くせない。彼らは新しい日本語を創った。彼らは概念を身体化した。私たちが用いている現代語で、彼らの手に寄らない物は何一つない。彼らは言葉を生み出した。彼らは言葉によって人々の生活を変え、教養の階層を二段階も三段階も引き上げた。その功績は計り知れない。彼らは新しい文明を打ち立てたと言っても過言ではない。
言葉によって、私たちの生活は支配される。言葉によって私たちの文化風俗は創られ、言葉によって私たちは生かされ、殺されもする。
彼らが生み出した言葉により、ゼロの状態が1以上になった。幕末から明治の移行期に、日本が目覚ましく、列強に並ぶが如く発展を遂げたのは、まぎれもなく彼らの功績の一端に依るところが大きい。そのことはもっと声高に賞賛されてしかるべきだと僕は思っている。
文明の発達は暫し、技術革新やエネルギー革命に依る所が多であるとする通説に我々は依拠することがあるが、それでは片手落ちである。人々の営みは言葉に始まり言葉に終わる。技術を学ぶにしても、それは外国語を通してしか手段がなかった。多くの日本の青年たちは、国家発展の為に骨身削って筆舌に尽くし難い努力をした。彼らは建築、重工業技術、生活必需品の工業生産、芸術、文学、工芸、衣服、様々なことを学習吸収して、日本文化に馴染むように、学び取った物を具現化していった。その際、言葉によって説明できないもどかしさに身悶えしたはずである。
中江、夏目、福沢、西の諸子は、言葉を創出することにより、それらのモドカシさをクリアなものにすることに貢献した。言葉によって、世の中を変えたのである。
西周(にしあまね):http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E5%91%A8_%28%E5%95%93%E8%92%99%E5%AE%B6%29
中江兆民(なかえちょうみん):http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E6%B1%9F%E5%85%86%E6%B0%91
坪内逍遥:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9D%AA%E5%86%85%E9%80%8D%E9%81%A5
福沢諭吉:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E6%BE%A4%E8%AB%AD%E5%90%89
夏目漱石:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E6%BE%A4%E8%AB%AD%E5%90%89
草枕。冒頭から圧倒される文章が胸を突く。
「山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。住みにくさが高じると安い所へ引っ越したくなる。どこへ超しても住みにくいと悟った時、詩が生まれて、画が出来る。人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。矢張り向う三軒両隣にちらちらする唯の人である。唯の人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりも猶住みにくかろう。越すことのならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容(くつろげ)て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。」
ロンドン留学、東大での教鞭、記者時代、小説家としての生き様、様々な場面で漱石が活躍し、日本文化を高度に押し上げた功績を堪能していきたいと思っている。
ひさびさの名文読書は胸が震える。大学生の頃のように胸がときめいている。
わくわく、どきどき。
新しい洗濯物を干し、ソファーに投げ出された衣類を片付け、部屋の換気をして、購入してきた夏目漱石の草枕を読む。
明治が生んだ日本の巨人のエッセイ風な小説なのだが、冒頭の1章を読むだけで、漱石がいかに天才だったかが伺える語彙と表現が、これでもか、これでもか、とグイグイ迫ってくる。
現代人が普く用いている日常語を数多く生み出した天才の文章は凄まじい。西洋から入ってきた外来語を日本語の概念に即して翻訳していった達人である。彼の書く文章には足下にも及ばない。
西周、中江兆民、夏目漱石、福沢諭吉、坪内逍遥、彼らが明治に成し遂げた偉業は礼賛し尽くせない。彼らは新しい日本語を創った。彼らは概念を身体化した。私たちが用いている現代語で、彼らの手に寄らない物は何一つない。彼らは言葉を生み出した。彼らは言葉によって人々の生活を変え、教養の階層を二段階も三段階も引き上げた。その功績は計り知れない。彼らは新しい文明を打ち立てたと言っても過言ではない。
言葉によって、私たちの生活は支配される。言葉によって私たちの文化風俗は創られ、言葉によって私たちは生かされ、殺されもする。
彼らが生み出した言葉により、ゼロの状態が1以上になった。幕末から明治の移行期に、日本が目覚ましく、列強に並ぶが如く発展を遂げたのは、まぎれもなく彼らの功績の一端に依るところが大きい。そのことはもっと声高に賞賛されてしかるべきだと僕は思っている。
文明の発達は暫し、技術革新やエネルギー革命に依る所が多であるとする通説に我々は依拠することがあるが、それでは片手落ちである。人々の営みは言葉に始まり言葉に終わる。技術を学ぶにしても、それは外国語を通してしか手段がなかった。多くの日本の青年たちは、国家発展の為に骨身削って筆舌に尽くし難い努力をした。彼らは建築、重工業技術、生活必需品の工業生産、芸術、文学、工芸、衣服、様々なことを学習吸収して、日本文化に馴染むように、学び取った物を具現化していった。その際、言葉によって説明できないもどかしさに身悶えしたはずである。
中江、夏目、福沢、西の諸子は、言葉を創出することにより、それらのモドカシさをクリアなものにすることに貢献した。言葉によって、世の中を変えたのである。
西周(にしあまね):http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E5%91%A8_%28%E5%95%93%E8%92%99%E5%AE%B6%29
中江兆民(なかえちょうみん):http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E6%B1%9F%E5%85%86%E6%B0%91
坪内逍遥:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9D%AA%E5%86%85%E9%80%8D%E9%81%A5
福沢諭吉:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E6%BE%A4%E8%AB%AD%E5%90%89
夏目漱石:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E6%BE%A4%E8%AB%AD%E5%90%89
草枕。冒頭から圧倒される文章が胸を突く。
「山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。住みにくさが高じると安い所へ引っ越したくなる。どこへ超しても住みにくいと悟った時、詩が生まれて、画が出来る。人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。矢張り向う三軒両隣にちらちらする唯の人である。唯の人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりも猶住みにくかろう。越すことのならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容(くつろげ)て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。」
ロンドン留学、東大での教鞭、記者時代、小説家としての生き様、様々な場面で漱石が活躍し、日本文化を高度に押し上げた功績を堪能していきたいと思っている。
ひさびさの名文読書は胸が震える。大学生の頃のように胸がときめいている。
わくわく、どきどき。
2015年2月27日金曜日
毎晩の楽しみ
何かに夢中になっているときに、ついつい夜更かししてしまう癖を何とかしないといけないな、と思いながら、なかなかその癖を直せないでいる。癖、というよりは、興奮して寝付けないのかもしれない。クセじゃないな、体質なのかもね^^;
自学を再開して数日になるけれど、久しぶりに勉強することの楽しさを味わっていて、毎晩興奮している。こんなに胸が火照ることばあってよいのだろうか、と思うくらい、ノートに向かう度に胸がときめくのだ。
何故なのかは分からないし、何の為に勉強をしているのかも、自分でもよく分かっていない。でも、ノートを開いて、コーヒーを飲みながら、毎晩机に向かう時の喜びは何ともくらべることもできないし、何にも代えられない。
勉強をすることがこんなに楽しいことだったのか、と子どもの頃の気持ちを思い出して、毎晩喜びで満たされている。
子どもの頃、やらされる宿題や課題が嫌でたまらなかった。そんなとき、学校の図書館で借りてきたウォルトディズニー、ベイブルース、福沢諭吉、ニュートン、ファーブルなどの偉人伝を読んで、山積する問題から逃げていた。偉人の伝記を読むとなぜだか分からないのだけれど、意味の分からない多幸感に包まれた。理由は今でもよく分からないが、彼らのサクセスストーリーの中に、子どもの自分が心の中でだけ背伸びを許されているような気持ちになったから、なのかもしれない。
福沢諭吉は、神社の祠に大人がお参りをしているのを見て、なんの有り難みがあってそんなことをしているのだろう、と不思議に思ったらしい。彼は聡い子どもだったので、ある日悪知恵を思いつき、大人がいないときに、そっと祠の扉を開けて、ご神体を伺った。
すると、そこには、道ばたに落ちているような、何の変哲もない石ころが一つ、ころんと鎮座在すだけだったという。諭吉は、大人が毎日ありがたがっているものは、ただの石ころだったのか、と思い、ご神体の石ころを、道に転がる石と取り替えたら、翌朝からも、諭吉の周囲の大人たちは、毎日欠かさず祈りを捧げ続けたらしい。諭吉にとって、その姿は非常に滑稽に見えたそうだ。
この話を読んだとき、諭吉少年の悪魔的天才性に畏敬の念を抱くと同時に、なるほどね、どんなことでも、大人が言っているから、とか、偉い人がそう言っているから、とか、昔からそう決まっているから、という理由で、なんの疑いもなく鵜呑みにしてはいけないんだな、と子ども心に初めて大人を疑う「事始め」の指南を受けた気持ちでいっぱいだった。
そんな刺激に満ちた話が載っている偉人伝が大好きだった。偉い人はみんな、初めは失敗したり、うまくいかなかったり、人とはやり方が違うので、批判を受けたりと、決して社会から受け入れられていたり、適合できていたわけではないんだな、ということを、子どもながらに教わっていた気がする。
自学帳を再開し、僕は何気なく自分が好きな「時事英語」の分野に手を伸ばした。経済や政治の英語を読んだり聞いたり、番組を見たりすることが大好きで、夢中でやっていた時を思い出すと懐かしい。
ふと、時事英語のキーワードを一つ一つ丁寧に紐解いていくうちに、globalizationとprotectionism, free tradeというキーワードに目が留まった。普段思考するときに、何気なく使っているこれらのキーワードに関して、真面目に受け止め、歴史を学び、理解に努めようとしたことはなかったので、じゃあ、これを勉強してみよう、ということで、とりあえずは、手っ取り早く、wikipediaでglobalizationを引き、この資料を元にして、自学帳にノートまとめをしていこうかな、と思った次第。
勉強の仕方はいたってシンプル。女子高生が世界史の史料と教科書を見ながら、ノートにまとめていく作業をするのを、英語の資料でやっている、という、ただそれだけのこと笑。
音読しながら、その場で自分なりに英語で言ってみる、疑問に思うことを、wikipediaくんに質問する気持ちでその場で喋ってみる。しばらく考えて、資料を読み返す。そしてその都度疑問に思ったことを書き出し、また文献に戻って資料をまとめていく、という作業。だいたい1日2ページと決めているので、それ以上はやらない。
無理は絶対にダメ。無理なく、自分が楽しんでやれる範囲をキープしている。一番大切なことは毎日続けることなので、毎日続けることだけを目標にしている。
英語圏に留学した経験がないので、僕は自分の英語力に自信もないし、自分が英語がぜんぜんできないことを、自分が一番良く知っている。
だから、こういうことをしていると、まるで自分が英語圏の大学の講義を受けている様な気持ちになれて、とてもウキウキとしてくる。
勘違いは人を成長させもするし、人をだめにもする。勘違いすることによってだめになっていく大人もたくさん見てきた。
でも、自分は今、留学しているかのような錯覚と勘違いによって、毎晩しあわせを感じることができる。こんなに素敵な時間があっていいことか、と毎晩にやけがとまらない。
勉強すること、本を読むことがこんなにも楽しいと感じるなんて、41歳もなかなか捨てたもんじゃないな、と、20代の頃の生意気だった自分に説教してやりたい気持ちでいっぱいなのです。
ではまた。
2015年2月26日木曜日
「好きなときに、好きなことを、好きなだけする。」ということ。
僕の大好きな中田ヤスタカさんが仰っていた言葉、「好きなときに、好きなことを、好きなだけする。」というのがとても好きで、たまにひとり言でつぶやいたりする。
とても素敵な言葉だな、と僕は思っている。
好きなときに、好きなことを、好きなだけする、ってとても自由な状態じゃないですか。そうやって生きていくことが、一番しあわせなんじゃないか、と僕は考えているのです。
最近、好きな本を読んで、好きな勉強をして、大好きな筋トレをやって、これまた大好きなテニスをしている時が一番しあわせを感じる。
誰から頼まれるのでも、命じられるのでもない。自分でやりたい、と思っていることを思い切りやっているだけなんだけど、たまらなくしあわせなのです。
その時がいつくるのか、わからないじゃないですか(笑)。
だから、好きなことがいつでもできるように、準備というか、備えはしておきたいな、と僕は思っている。
たとえば、本はいつ読みたくなるか、わからないので、鞄、トイレ、デスクの上、あらゆるところにあらゆるジャンルの本を置いてる。今読んでいるやつとか、勉強してるやつはとりあえず毎日持ち歩くんだけど、トイレで読みたくなる時があるので、トイレにも本棚を置いている。
トイレで読む本は大体、江戸時代関連のもの、たとえば江戸の町民の暮らしぶりとかそういう類いのもの、それと飲み会などで街に出た時に、新書で「おっ。」っと軽く思って買ってきたやつと、つげ義春、水木しげるの漫画。そういえば、奥の細道は家中にあるかも知れない(笑)。僕、芭蕉の大ファンなので。
本棚には、学術書ばかり置いているわけではなくて、建築物の写真集とか、映画監督のインタビュー本とか、美術系とか、筋トレの本、音楽の本、詩集、思想書とか、そういうのを置いてる。
あ、そうだ。家にある名著は聖書です(笑)。名作と言えば、「進撃の巨人」も全巻ある(笑)。
小説はあまり読まないので、これと言ってない。谷崎潤一郎と三島由紀夫、夏目漱石くらい。村上春樹は読んだら人にあげてるので家にはない。
古典、落語関連の本、世界史の本とか、哲学とかもあるけれど、そういうのが部屋のあちこちに散らばってるのもなんだか野暮ったいので、今読んでるやつを近くに置いて、あとは書棚のうしろの方に置くようにしている。
本は人から強制されたり、難癖をつけられながら読んでも、ちっとも心に入って来ない。自分が「これは!」と思う本は自分を必ず呼ぶ。「俺を読んでみないか。」と誘ってくる。そして無意識にその本を手に取り、読むことになる。
課題とか、宿題で読まされる本や文献の中身って、ちっとも残らないじゃないですか(笑)。
あれって、そういうことだと思うんだよね。仕事や勉強、研究の為に読む本もある。だけど、そういう本は往々にして忘却の彼方へ押しやられる。
本が僕らを呼ぶ。書店や図書館に行くと、自分が探しているものとは全く関係のない本が目に留り、ついつい手に取って買ったり借りたりしてしまうことがある。自分が探すのではなく、本が僕らを呼んでいるのだ。
だから、僕は好きな本を読むことにしている。本に呼ばれるがまま、あー、はいはい、分かりました、僕を選んでくれてうれしいです、と逆に本の方へ謙譲の居で畏みて読ませていただく。
ところが、本は一旦読み始めると、夢中になり、その間、今読んでいる本がまるで恋人のようになってくる。四六時中、その本のことが気になって仕方がない。
「ねー、ねー、今なにしてるの。」「んー、そろそろ寝ようと思ってた。」「あ、俺眠くないけど。」「へーそうなんだ、で、どうなのよ。」「あ、どうなのよ、って何が。」みたいな会話、付き合ってる人とかとするでしょう?
熱中して本を読んでいる時って、僕にとっては、そんなやきもきしたような気持ちになって、身体的熱量が上がってくるので、火照ってくる。
そして、これまた四六時中、今読んでいる箇所の内容が頭から離れず、あー、もう、マジで好き過ぎてキレそう!と思ったりしてしまうのだ。
好きな本、気になる本を読んでいる時間はそんな仄かに胸がほんのりとトキメく時。そして、読んだことを、必ず誰かに伝えたくなるから不思議なものだ。
大好きで、大好きでたまらない、そんな気持ちがわずかに続く状態、それが本を読んでいる時の気持ちなのだと僕は思っている。
好きな本を、好きな時に、好きなだけ読む生活。いいですよ^^
とても素敵な言葉だな、と僕は思っている。
好きなときに、好きなことを、好きなだけする、ってとても自由な状態じゃないですか。そうやって生きていくことが、一番しあわせなんじゃないか、と僕は考えているのです。
最近、好きな本を読んで、好きな勉強をして、大好きな筋トレをやって、これまた大好きなテニスをしている時が一番しあわせを感じる。
誰から頼まれるのでも、命じられるのでもない。自分でやりたい、と思っていることを思い切りやっているだけなんだけど、たまらなくしあわせなのです。
その時がいつくるのか、わからないじゃないですか(笑)。
だから、好きなことがいつでもできるように、準備というか、備えはしておきたいな、と僕は思っている。
たとえば、本はいつ読みたくなるか、わからないので、鞄、トイレ、デスクの上、あらゆるところにあらゆるジャンルの本を置いてる。今読んでいるやつとか、勉強してるやつはとりあえず毎日持ち歩くんだけど、トイレで読みたくなる時があるので、トイレにも本棚を置いている。
トイレで読む本は大体、江戸時代関連のもの、たとえば江戸の町民の暮らしぶりとかそういう類いのもの、それと飲み会などで街に出た時に、新書で「おっ。」っと軽く思って買ってきたやつと、つげ義春、水木しげるの漫画。そういえば、奥の細道は家中にあるかも知れない(笑)。僕、芭蕉の大ファンなので。
本棚には、学術書ばかり置いているわけではなくて、建築物の写真集とか、映画監督のインタビュー本とか、美術系とか、筋トレの本、音楽の本、詩集、思想書とか、そういうのを置いてる。
あ、そうだ。家にある名著は聖書です(笑)。名作と言えば、「進撃の巨人」も全巻ある(笑)。
小説はあまり読まないので、これと言ってない。谷崎潤一郎と三島由紀夫、夏目漱石くらい。村上春樹は読んだら人にあげてるので家にはない。
古典、落語関連の本、世界史の本とか、哲学とかもあるけれど、そういうのが部屋のあちこちに散らばってるのもなんだか野暮ったいので、今読んでるやつを近くに置いて、あとは書棚のうしろの方に置くようにしている。
本は人から強制されたり、難癖をつけられながら読んでも、ちっとも心に入って来ない。自分が「これは!」と思う本は自分を必ず呼ぶ。「俺を読んでみないか。」と誘ってくる。そして無意識にその本を手に取り、読むことになる。
課題とか、宿題で読まされる本や文献の中身って、ちっとも残らないじゃないですか(笑)。
あれって、そういうことだと思うんだよね。仕事や勉強、研究の為に読む本もある。だけど、そういう本は往々にして忘却の彼方へ押しやられる。
本が僕らを呼ぶ。書店や図書館に行くと、自分が探しているものとは全く関係のない本が目に留り、ついつい手に取って買ったり借りたりしてしまうことがある。自分が探すのではなく、本が僕らを呼んでいるのだ。
だから、僕は好きな本を読むことにしている。本に呼ばれるがまま、あー、はいはい、分かりました、僕を選んでくれてうれしいです、と逆に本の方へ謙譲の居で畏みて読ませていただく。
ところが、本は一旦読み始めると、夢中になり、その間、今読んでいる本がまるで恋人のようになってくる。四六時中、その本のことが気になって仕方がない。
「ねー、ねー、今なにしてるの。」「んー、そろそろ寝ようと思ってた。」「あ、俺眠くないけど。」「へーそうなんだ、で、どうなのよ。」「あ、どうなのよ、って何が。」みたいな会話、付き合ってる人とかとするでしょう?
熱中して本を読んでいる時って、僕にとっては、そんなやきもきしたような気持ちになって、身体的熱量が上がってくるので、火照ってくる。
そして、これまた四六時中、今読んでいる箇所の内容が頭から離れず、あー、もう、マジで好き過ぎてキレそう!と思ったりしてしまうのだ。
好きな本、気になる本を読んでいる時間はそんな仄かに胸がほんのりとトキメく時。そして、読んだことを、必ず誰かに伝えたくなるから不思議なものだ。
大好きで、大好きでたまらない、そんな気持ちがわずかに続く状態、それが本を読んでいる時の気持ちなのだと僕は思っている。
好きな本を、好きな時に、好きなだけ読む生活。いいですよ^^
雑記、はじめました。
親しい友人に請われて、止めていたブログを再開することにした。
特別に理由があって、というわけではないのだけれど、書いたものを読みたい、と言われたら断る理由もないので。
たぶん、ブログを書き始めたのが 2005年ごろだったと思うので、かれこれ10年弱の時間が経っていることになる。すごいことですね、今考えると(笑)。恐ろしい。
10年前、自分が思ったこと、言いたいことを発信したくてたま
らなかった。もう、なんの理由もない、恥も外聞もない。質より量、内容より見てくれ、これしかなかった。 若くて必死で、一生懸命だったのだと思う。 今考えると恥ずかしいことだけれど、当時はそんなこと一切気にならなかった。誰から頼まれもしないのに、一生懸命書いていた。
今読み返すと恥ずかしい内容もあるかもしれない。きっとたくさんある。 でも、自分は過去のエントリーを読み返すことはしないことにしている。 過去の自分はもう終わった自分、死んでいる。二度と帰ってはこない。
僕らが「今」という言葉を発した瞬間に、「今」は過去のものになり、そして次の瞬間にまた、新しい「今」が現れては足跡を残さずにどんどん先へ、先へ、と進んで行ってしまう。 そうこうしているうちに、僕らは終わりを迎えてしまうのだろう。
「終わり」は「死」かも知れないし、「退職」なのかもしれないし、「別離」なのかもしれない。それは分からない。ただ、今から月日が経って、自分が「終わろう」と決めた時が、本当に「終わり」が来た時なのだ、と僕は思っている。 だから、僕はもう一度、ブログを再開することにした。
長い休憩の暇は過ぎて、今は次の「春」を迎える気持ちでいっぱいだからだ。 さて、どこから手をつけようか、と思い立ち、昨日本をたくさん買い込んできた。 主に古典とか落語とか世界史の本。
もう一つ。自学帳を作って、毎日勉強をすることを再開した。理由は特にないが、今継続してやっていることが自分なりに上手くいっているので、次のことを始めたいと無意識に身体が動いたのかもしれない。
去年、今までまったくやったことがない「テニス」のプレーを始めた。もう9ヶ月になる。自分でも不思議だが、良く続いているな、と思っている。筋トレは2年続いている。おかげさまで、足腰が弱ったり、疲れ易くなったりはせず、毎日元気に過ごさせて頂いてる。
多くのことをいっぺんにできないので、自分が気の向くまま、自分の思った通り、鳥のように自由にいたい、と僕は思っている。
どれだけ続くかわからないが、取り敢えず、大好きな友達の為に、糸井重里さんではないが、できるだけ「ほぼ日」でブログを更新したいな、と僕は思っている。
たぶん、ブログを書き始めたのが 2005年ごろだったと思うので、かれこれ10年弱の時間が経っていることになる。すごいことですね、今考えると(笑)。恐ろしい。
10年前、自分が思ったこと、言いたいことを発信したくてたま
らなかった。もう、なんの理由もない、恥も外聞もない。質より量、内容より見てくれ、これしかなかった。 若くて必死で、一生懸命だったのだと思う。 今考えると恥ずかしいことだけれど、当時はそんなこと一切気にならなかった。誰から頼まれもしないのに、一生懸命書いていた。
今読み返すと恥ずかしい内容もあるかもしれない。きっとたくさんある。 でも、自分は過去のエントリーを読み返すことはしないことにしている。 過去の自分はもう終わった自分、死んでいる。二度と帰ってはこない。
僕らが「今」という言葉を発した瞬間に、「今」は過去のものになり、そして次の瞬間にまた、新しい「今」が現れては足跡を残さずにどんどん先へ、先へ、と進んで行ってしまう。 そうこうしているうちに、僕らは終わりを迎えてしまうのだろう。
「終わり」は「死」かも知れないし、「退職」なのかもしれないし、「別離」なのかもしれない。それは分からない。ただ、今から月日が経って、自分が「終わろう」と決めた時が、本当に「終わり」が来た時なのだ、と僕は思っている。 だから、僕はもう一度、ブログを再開することにした。
長い休憩の暇は過ぎて、今は次の「春」を迎える気持ちでいっぱいだからだ。 さて、どこから手をつけようか、と思い立ち、昨日本をたくさん買い込んできた。 主に古典とか落語とか世界史の本。
もう一つ。自学帳を作って、毎日勉強をすることを再開した。理由は特にないが、今継続してやっていることが自分なりに上手くいっているので、次のことを始めたいと無意識に身体が動いたのかもしれない。
去年、今までまったくやったことがない「テニス」のプレーを始めた。もう9ヶ月になる。自分でも不思議だが、良く続いているな、と思っている。筋トレは2年続いている。おかげさまで、足腰が弱ったり、疲れ易くなったりはせず、毎日元気に過ごさせて頂いてる。
多くのことをいっぺんにできないので、自分が気の向くまま、自分の思った通り、鳥のように自由にいたい、と僕は思っている。
どれだけ続くかわからないが、取り敢えず、大好きな友達の為に、糸井重里さんではないが、できるだけ「ほぼ日」でブログを更新したいな、と僕は思っている。
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