2017年10月15日日曜日

勝つための条件:ボール競技で試合に勝つってどういうことなのかをぐずぐずと雨模様的に考えてみる。

良い選手が集まり、指揮官の優れた戦術があればチームが勝つほど、ボール競技というのは甘くはない。

ボール競技の試合で勝つには、化学反応が起こらなければいけない。人はそれを、気合いや根性、と言ったり、科学的な分析や微細な相手の情報分析と呼んだり。選手のスカウトが大事だったり、とか。

あるいは、勝つための条件を羅列して、特に優れて突出している要素が際立って見えるから、それを勝つための方程式と言って人が語ることがある。

その良い話に引き摺られて、それを聞いた人がそのメソドロジーを擬えても、同じ結果が得られないという悲しい結果を喰う羽目になることも枚挙に暇がない。

勝敗は白黒がはっきりとしているが、その原因や理由については、これはもう、全てがその原因や理由になりうると言っても過言ではないくらい、複数項目に及んでしまう。

勝つための準備は、考え付く限り、全てやらなければいけないけれど、勝算が期待通りに当たるというのは、素人が行うスポーツ競技においては、なかなか言い当てるのが難しい。

例えば、長時間練習をしたとしても、勝てる保証はどこにもない。けれども一方で、ある程度の練習量をこなさなければ、体力やプレーの感覚や技術が身につかないから、一定の練習量が確保されなければ確実に負けてしまう。(この一文目の「長時間練習」を、技術力の高い選手、とか、監督のカリスマ性、とか、考え付く限り色々なキーワードに当てはめることができる。)

全てにおいて共通する条件としては、「選手はできるだけその競技が上手であることに越したことはない」ということ、「チームの内部にいる人ができるだけそのスポーツに精通しておいた方が良い」ということ、さらに、「チームが、監督、選手、関わるスタッフ全てにおいて、ファミリー化していて、意思疎通の妨げがない人間関係が保たれていることが望ましい」ということ、この3つで、その他の勝算の勘定に入れなければいけない条件は、それこそ選択肢の数だけいくらでも無数に存在しうることになるのだ。

先輩たちは自分たちよりもものすごく上手でうまかったのに勝てなかったけど、自分たちの代は、それほど際立ったエースのような選手もいないし、特にこれと言った特別感がチームにあるわけではないのに、結果がで続けている、ということは、これはもう、本当によくあることなのである。

チームが高校サッカー選手権大会の1回戦を突破し、福岡県でベスト16に勝ち進んだ。とても誇らしい気持ちがする。

勝った勝因は何か。それは勝ったから勝ったのだ、としか言えない。勝つために何をしたか、と言えば、うちのチームが勝ったという事実を裏付けそうな全ての努力や計算を、チーム全体がしていた、、、かもしれない、としか答えようがない。

今日1日を振り返って一つだけはっきりと分かっていることがある。

それは、このチームの勝利によって、僕は今とても興奮して気分が良い、ということである。

2017年10月13日金曜日

Where do we go from here?

生徒が多読をして、随分と色々な本が読めるようになってきたり、授業でスピーチをさせたり、プレゼンを発表させたり、主体的にいろんなことに取り組む仕掛けを作りながら、生徒の様子を見ています。

一方で、ぼんやりと、こんな風に考えたりすることもあるんです。

そもそも、今やっている授業は、生徒の英語のスキルを上げるためにやっているのか、あるいは、英語を使いながら生徒の思考力そのものを磨き上げて高めて行っているのか、どちらなんだろう、あるいは両方なのかしら、と思うんですね。おそらくどっちもなのだと思います。でも、僕も初めて体験することなので、この感覚がとても不思議で、なかなか実感として体で理解できるレベルに至っていないのが正直なところです。

生徒たちは、僕が想像している以上にかなり色々なことが英語でできるようになりました。

語彙、文法や、フレーム(構文)の定着のさせ方が異なっているだけで、fluencyを軸にした活動を授業に据えながら、accuracyを追求していく、という方法論で授業展開をしているだけで、まだまだ道半ばなので結論めいたことを言うのは時期尚早の感を免れませんけれども、そうか、一定方向に負荷を掛けながら集中的に活動を行っていき、不足分が認識された時に、時期と頃合いを見計らって、逆にまた集中的に負荷を掛けたトレーニングを行わせる、と言う活動を仕掛けていくことにこそ、生徒の英語力と思考力を同時に高次元へと導く解があるのだ、と言うことが実感を伴って理解できるようになってきました。

今やっている授業形態の中で補えなかったintensiveなTRは12月から集中的に行いたいと目論んでいて、生徒たちが1年前にやっていた音読TR、同時通訳TRの中の、特に、サイトラ、日本語戻し、英語戻し、を徹底して集中的に取り組ませ、理解のフォームを脳に再構築させてあげたい、と思っています。

どこに向かっていこうとしているのか、僕にもこの先がどうなっていくのか、はっきりとはわからないのですが、一つ、確実に言えることは、今後、生徒たちはいかなる形態の学びのカタチにも柔軟かつ大胆に対応していく姿勢の基盤はすでにできたな、と言うことです。

20年勤めましたけれど、これは初めてのことでして、いやはや、生徒たちがこんな風に英語を話したり書いたり、英語で発表したりできるようになっていて、さらには英語もどんどん読めるようになっている、なおかつ、模試とGTECの成績も伸びていて、詰め込み教育のようなこともほぼやっていない、となると、何だかワクワクしてきます。

面白くなってきたよね、と親友と電話で話しつつ、11月以降の授業展開と生徒の動きも楽しみになってきました。

これから僕らはどこに向かおうとしているんでしょうか。

2017年10月12日木曜日

あなたの声が聴きたい

この写真は、昨日の夜、オンライン英語ディスカッションをしている時の様子を西山くんがスクリーンショットで撮ったものです。

この顔の表情を見てください。

心からの笑顔。素敵な微笑み。

参加者の皆さんの笑顔が自然に溢れる素晴らしい2時間でした。
毎週水曜日の夜は、本当にとても心が温かくなる時間をすごさせていただいています。

暁の会という英語の勉強会を立ち上げて2年と7ヶ月。
オンラインの英語ディスカッションを初めて2年と3ヶ月が過ぎます。

毎週水曜日の夜、21時30分より、1時間〜90分の予定で、フル英語でディスカッションをやっているんです。

このディスカッションを立ち上げた目的は、毎週あそこに行けば、必ず英語で話せる場がある、と言う英語学習のプラットフォームを無料で提供できないか、という思いからでした。

忙しい英語の先生、ビジネスパーソンの方、仕事をしてはいないけれど英語をもっと勉強したい、と思ってある方、さらには学生さん、そういう方々を対象に、英語を話せる場を持ちたいんだよね、と西山くんに持ちかけて始まったのが事の発端でした。

毎週、水曜日の21時半、パソコンの前で一人待ちます。
どなたもお越しにならないことも過去何度もあり、何か自分の不徳の致すところがあるのかもしれない、と一人反省をしながら、でも、どなたかが来るかもしれないと一人でぽつねんと毎週、毎週、待ち続ける日々。

僕は英語を使って、関わる方をハッピーにしたいという人生のミッションがあるので、お節介を焼きたくてこの会をしてるんだ、と思っています。

1年前のある晩、誰もいらっしゃらなくて、ああ、今日は坊主だな、と思いながら、一人で部屋でため息をつきつつ、ビールでも飲むかな、と思って冷蔵庫に向かい、缶を取り出して、グッと一口飲み干しました。

その次の瞬間、参加の通知がなされ、ある女性の方が、先生、遅れて申し訳ございません、今からでも大丈夫ですか、と仰られ、いえいえ、お待ちしておりました、と慌てて準備をし直し、一緒に英語で話し、読み聞かせをし合い、英英辞典を引き合って、会を閉じたこともあります。

その会が終わった後、ぼんやりと、ああ、教育って、こういうことなのかもしれないな、と感じつつ、敬愛する内田樹先生が繰り返しブログやご著書で仰ってある教育の本質は、まさにこういう事の繰り返しなんだよな、と深い実感を伴って、理解が身体化されたことを記憶しています。

教えたい、というお節介があり、習いたいという生徒さんの欲求とその思いが合致し、初めて教育は成立しうる、そんな教育の真髄を、ある日のセッションのやり取りから僕は学びました。

今現在やっているセッションは、全て英語で進めていますので、参加される方も僕も西山くんも、全員が英語で話します。

参加される方の職業や、それぞれの境遇は様々ですので、英語力のレベルはバラバラです。ですから、英語力が一番低くて自信がない方のサポートをする、という設計で、会は進行していきます。

暁の会英語オンラインディスカッションは無料で、どなたでも参加できますが、大切な約束が4つあります。

1 ごめんなさい、Sorryを言わない。
2 PREPで、簡潔に意見を述べる。
3 スピーカーに積極的にヒントを上げる。
4 話している途中でも、カットインして、どんどん意見を言ったり質問をしたりを積極的にする。

謝るのは本当にダメで、謝ることによって、自分はできなくても謝ってるから許してください、という前提ができてしまい、発展性がなくなってしまうんですね。もっとお互いに知り合いたい、関係を作っていきたい、という気持ちを前提にすると、謝ること自体が、その新しい出会いのチャンスを奪ってしまう。謝ると、謝った人が下で、謝られた人が許す上の人、という関係性を黙認してしまうことになるのではないかしら、僕はそんな風に考えて、お互いにごめんなさい、すいません、自分は英語ができません、話せません、自分なってちっぽけなんです、って言い合うことをやめましょうよ、とみなさんと約束することにしたんですね。

PREPで簡潔に、というのは、自分の言いたいことをズバッと言って(Point)、その理由を述べて(Reason)、具体的にそれはどういうことかを自分の身近なことと併せて説明する、という話型を取ることにより、相手に伝わりやすいコニュニケーションをお互いに洗練していきましょうね、という約束事です。話を長くするのは誰でもできるんですけれど、言いたいことを短く切って言うのは、日本人って苦手なんですよね。それをここでは重点的に練習することにより、自分の話をクリアカットにする練習をすることにしています。何を言いたいか、ではなくて、何を言わないか、と言う「間引き」の視点に重点を置く、と言う約束です。

暁の会の英語ディスカッションでは、英検5級レベル(中学1年生から2年生程度の英語)から参加することが可能だ、と僕はお伝えしています。

英語力の高低に関係なく、話に詰まった人、言いたいことが出てこない人を、その場にいる人全員がサポートして、あなたが言いたいことはこう言うことなのかな、あ、言いたい単語はこれ?、うんうん、あなたが言おうとしている意味って、このお話と似てるのかな、なんて言いながらヒントをどんどん出していき、話している人が話をspecifyするお手伝いをすることにより、聞き手としてのスキル、相手の話を高める手助けをすることにより、より高度な情報を共有し、さらには自分のアイディアや考えをさらに発展させる、そのために相手を助ける、これがヒントをあげることの醍醐味です。困っている人を助けてあげるのではないのです。話し手がもどかしい思いをしていることを皆で支えることにより、場のトピックのコンテクストをより高いレベルに引き上げ、より質の高いコミュニケーションを作り上げることを目指すために、この約束は存在しています。

最後の約束はカットインです。相手が話している時にも、どんどん疑問点を聞いたり、自分の意見を相手の意見に付け足したりして、コミュニケーションの質を高めていく手法ですね。これも前述の「ヒントをあげる」に似ている観点ですが、相手の話の質が高まると自分のアイディアや考えがその意見に刺激を受け、より高いレベルへと昇華していく、その効果を最大限引き出すために、思ったことを我慢しないで、どんどん付け足していくことをやっていくんですね。待たない、その場でどんどん付け足していく、それは決して図々しさや厚かましさと言ったレッテルを貼って忌避されるリスニングの姿勢ではなく、相手の意見に付与されていく意見と共にその場のコミュニケーションがより高次元へと高められていくことを目的としているんですね。

この4つの約束の元、個別にペアを組み、トリオ(3人組)になり、時にはクアトロ(4人組)に分かれて、6分間のチャットを英語で行います。その後、また全体の場に戻ってきて、再度組み分け、再び6分間の練習、この流れを3回ほど繰り返し、自分のスピーチを磨く、聞く姿勢を磨く、より良いコミュニケーションを高め合う、と言う3つの観点からトレーニングを行って、全体の場で発表をし、さらにQ&Aのセッションを持って場を終えます。

僭越ながら、最後に、僕が全体へのアドバイスと、次週へ向けたトレーニングのヒント、そして今後の課題をみなさんとシェアしながら、一人ずつの感想をシェアしあって、会を閉じます。

今、過去かつてないほどに会の雰囲気は盛り上がりを見せています。また、職種や英語力レベルのばらけ方が多種多様なのも過去最高かもしれません。

だからこそ、写真の笑顔が自然と醸し出されるのかもしれないね、と西山くんと話しています。

毎週水曜日の夜、英語のディスカッションをオンラインで行っています。無料で参加でき、英語力は英検5級レベルから参加可能です。

詳細に関しては、こちらのページに毎週情報を投稿していますので、ぜひご覧ください。
https://www.facebook.com/Akatsuki.English4/?ref=bookmarks

みなさんのご参加、是非是非お待ちしています☺️

2017年10月5日木曜日

毎週水曜日の夜は「英語でディスカッション」!熱帯夜!


毎週水曜日の夜21時30分から60分から90分程度、無料で英語ディスカッションの会を、オンラインで運営しています。もう2年と3ヶ月くらいになります。

通常は、毎回6名くらいのこじんまりした形でやっているのですが、今日はなんと14名の参加者が集まり、激しく胸が高鳴りました。熱気ムンムン!すんごい楽しかったー!☺️

参加者のみなさんの温かさ、誰も恥をかかないし、誰も何も気にしないで、英語を話せる喜びに満ち溢れてる、そんな時間でしたねー。素晴らしい時間でした。

また来週です。次週はテーマが変わるのかな?楽しみですね。
暁の会の「水曜日オンライン英語ディスカッション」の3つの約束があります。
それは、
1「ごめんなさい」を言うのは禁止
2 スピーカーが詰まったらヒントをあげてサポート
3 話は短く切り上げる。PREPで簡潔に。

この3つの約束があることで、英語力にばらつきがあっても、お互いにサポートしながら、楽しく英語のトークを楽しむことができます。

ここにあるのは、協働。真の意味での友情です。セリヌンティウスとメロスのように、対等の友達関係でありながら、人間の弱さ、脆さを相互に補完しあう学び合いの場なのです。

今日、動画をアップしたのは、会の様子をぜひ見て欲しかったから。
この表情を見てください。生き生きしてる。みんなの姿を本当に見て欲しい。

暁の会は敷居が高いですもんね、
私の英語力はまだまだだから、とても参加できるレベルじゃないです、
僕はもっと勉強してから参加したいと思います。
この3つをよく言われます。

でも、今日来られた参加者の方は、みなさん、英語が苦手、日本語でも整理ができなくて、なんて言えば良いかわからないですよ、と仰りながら、でも来たら誰かと英語話せるかな、少しでも英語使うかな、って思いながら恐る恐るURLをクリックなさったメンバーなんだと思います。

暁の会には会員制度の類のメンバーシップはありません。
その都度、参加したい人が参加するシステムです。
真実は、継続を続けている仲間が確実に力を伸ばして来ている。まさに継続は力を体現する力強い仲間たちですね。

毎週水曜日、21時30分から1時間の予定でやっていますが、いつも終わるのは23時、今日なんて、終了したのは23時40分でした。

2年で、水曜日の夜がこんな群れに成長できたことを誇りに思います。来週も楽しみですね。
みなさま、ぜひお出かけくださいね。
詳しくは、暁の会のFBのページをご覧ください。
https://www.facebook.com/Akatsuki.English4/

2017年9月30日土曜日

魂解放授業

2分間英語を話し続けるというのは、大人にとってみてもなかなか負荷が高いことだと思うんだけれど、一度経験してしまうと、すんなり、ま、そんなもんかと体が慣れてしまうから、人間は度し難い。

5月にマーブルズという英語劇を指導するワークショップに参加して、小口真澄先生という素晴らしい方から直接指導をしていただき、感情を劇にぶつけること、自分のパッションを解放すること、魂のヴォイスに従うことなどを学んだ。ハテ、これを授業にどう活かせばいいのだろうか、と考えていた。そうか、これだよ、と閃いたのがスピーチの授業。

生徒たちは作ってきたスピーチを発表するばかりで、棒読みになってしまうし、語りかけが不自然で、観ていると、授業のためだけにスピーチをやってて、形だけです、って感じに終始しちゃってる。こういうのじゃなくて、もっとこう、子供達が心から、自分の言葉で、自分の英語で友達に語りかけていく現場、作れないかなー、と思っていたら、真澄先生の声が耳元に蘇ってきた。

こんなことをやってみました。
【スピーチに入る前の練習の段階で】
1ペアになった人と、両手で握手。
2ペアになった人(同性同士)ギューっとハグする。

この二つを入れて、いつもの3ステップでスピーチ練習から、その後の本番の流れ。

生徒の声が倍以上にでかくなった。生徒の表情が豊かになった。生徒のスピーチはもはや「朗読」ではなくて、語りかけに変わった。伝えたい気持ち、聞いている人たちへの愛。情熱と愛のスピーチへと変わっていく瞬間。

そうだ、これだよ、待ってたのは!と胸が熱くなる。
僕の視点は英語教育論という枠を超えて、生徒の魂の解放に立ち会う喜びで満たされていく。子供達はもはや、教科、とか勉強とか、授業、とかいう枠すらも意識していない。伝えたい、自分はこんなこと考えたんだけど、どうかな、と一生懸命に聴衆にぶつけていく。たまたま使用言語が英語だった、というだけの話。

かつて、授業はドラマだ、と言った人がいた。僕が若い頃に読んだ英語教育の本に書いてあった。ドラマの主役は誰か、という話。生徒たちは発表の時、誰よりも輝いている。素晴らしい現場だった。

こういう授業をずっとやりたい、やりたい、と願っていた。

生徒たちがグループで教科書を読む、グループで題材を元にプレゼンをする、グループで発表する、グループで記事を読む、ディスカッションをする、スピーチを作る、パッションを持って自分の発表をする、そして、友達と質疑を楽しむ、という流れ。

これが今やってる授業。

こういう授業をしていると、例えば科学者がTEDでスピーチをするような素材を授業で扱っても、30分近くあるスピーチを誰も眠ったりせずに、熱心にメモを取って聞く。そしてその内容について、友達と熱く議論をする。議論は「スピーチの中身はこうだった」というチャチな確認作業ではなく、スピーチを聞いて、揺さぶられたこと、現実に即して考えた時に実用性はあるんだろうか、ということ、自分ならどうするか、という視点を持って聞くこと、などを指示として出しているので、ワイワイガヤガヤとディスカッションが盛り上がってしまう。とても50分では足りないなといつも思いながら、教室を後にする。

CLILも板についているので、授業のタスクを作るのにも慣れてきた。生徒も、自分の意見を英語で発信したり、さらにそれを高度なものに高めるためのフレーム、すなわち文法や語彙のネタをきちんと学習することの大切さも同時に学んでいる。模試の成績やGTECの結果も向上している。言うことはない。

生徒が魂解放の末に、次はどこに向かっていくのか。もっと心を開いて、もっと自由に、もっと想像力の交流をし合いながら、英語で話し、英語で聞き、英語で書き、質の高い英文を読み、脳みそフル回転で心情、感情、知性、論理、倫理、道徳、などの項目全てに刺激ックスな現場を続けていきたい。

追伸:マインドマップの書き方を生徒に教えて、その後、世界にある素敵なマインドマップをカラーコピーして、黒板に貼って、ギャラリーウォークするとマインドマップをどんどん描けるようになります。100均でカラーペンセットが売ってるので、それを複数個買って教室に持ち込めば、どんどん色も使えるようになります。10セットで1000円くらい。ペンを片付けるケース入れたら1100円。もう少しペンを増やしてもいいかなーと思っています。25セットくらいあれば、ペアで1セットできるから、もっと絵が豊かになる気がしています。右脳を鍛えるって、学力向上の観点からとても大事なんですよ。お絵描きなんて思ってると、全然違うんですね、この活動は。

2017年9月27日水曜日

プレゼン&スピーチの授業〜未来のテクノロジーをデザインする生徒たち


原稿なしで英語を言う、って言うプロセスに持ち込む時には、活動に段階があります。暁の会の勉強会で、そのプロセスについて、練習も兼ねて参加者に体験してもらうようにしています。
今日はプレゼン前のスピーチ大会。各々自分が作ってきたプレゼンをグループ内で発表する活動。テーマは"Biomimicry"です。教科書のレッスンがとても良い題材を扱ってくれているので、アクティブラーニング型のタスクを入れやすいですね。とても良い。

やり方と条件は以下の通り。

前提条件
★グループはこちらで指定。
★3人1組にしておいた方が回転率は良くなる。
→グループ制作の時は4、5人が稼働率が上がる。
★英文は、見る→チラ見→自然な英語→情熱英語、の順序が吉。
★準備不足は徹底して檄を飛ばす。

手順
1作ってきたプレゼン内容を2分間立って自主練。
2グループ内でスピーチセッション。以下の手順で。
①with the script
②on the desk
③without the script
④natural speech
⑤passionate speech
これはスクリプトを見ながら練習するもっとも初期の段階です。

作ってきたプレゼン資料を元にスピーキング。これも初期の段階ですね。まだスクリプトを見てますね。聞いてる方が真剣ですね。


































スクリプトは自作で、授業内+予習、で作ってくる。作り込んできたスクリプトを見ながら自主トレで体慣らし。身振り手振りまで入れられたら御の字。大抵は英語を言うことで精一杯。

その後、①のセッション。手に原稿を持っても良いことにする。一人持ち時間は1分。

その後、再度自主トレ2分。今度はon the deskルール。原稿は机の上に置いてチラ見はOK、でも、基本は見ない。練習後、再度グループ内でプレゼン。

さらに自主トレアゲイン。今度は一切原稿を見ない。忘れたり不安になったりしても、とにかくオーディエンスの目を見て一生懸命に訴える、伝える、を重視。

その後、自主トレにて練習。
ラストはナチュラルなトークスタイルでグループ内発表。ここまでが今日の授業でした。最後のセッションでは、必ず一つずつ質問するセクションを設けました。たくさん質問づくりをする時とは違い、スピーチを集中して聞いて、内容について突っ込んだ質問をしなさい、と指示を出しました。日本語交じりでOK,考えを深めるプロセスですね。

次回はパッションを持って、スピリット燃え燃えでスピーチ、良いものをグループで投票、得票率一番のスピーチをグループのテーマにして、グループでのプレゼン作成、その後、グループ発表、の流れで行います。




マインドマップの描き方のレクチャーを動画で見て、実際に美しいマインドマップやダビンチのノートを見せて、描いてもらいました。ペンは100均で僕が買ってきて、グループでシェアしてもらいました。

原稿を作るワークシートです。1学期からPREPの練習はしてるので、英語でかなり書けるようになりました。また、考えの深め方もわかってきているので、オーセンティックマテリアル(生の英語記事素材)を読ませても、どこを読めばいいか、どう言うポイントで読めばいいか、わかってきているみたいです。

クリエイティブな流れとともに、speaking frame やwriting frame は生徒にシェアしながら随時使用させて、英語の質を高めます。また、教科書の内容を都度振り返り。和訳読み+音読+シャドーイング、の流れは変わりません。

全体でプレゼンが終わった後に、レッスンを用いて同時通訳トレーニングに入ります。日本語戻しから入って、その後英語戻し。一つのレッスンでこだわってやっておくと、他に応用が効くので、それを。

こう言う授業形態が普通になってくると、生徒も、英語はある程度読めて当たり前、単語は覚えておくのが当然、表現で使えそうなやつはどんどん仕込む、自分が作ったスピーチやプレゼンに対して責任を持って発表する、と言う姿勢が自然に身につく。同時にグループで動くことが日常的に当たり前になってくるので、他者との交わりを大事にしないと事が先に進まないと言うことも学ぶ。

英語はまずできて当たり前、で、その先は?って話のベースで生徒は戦っていることになるわけです。

すごいなぁ。こんな事ができるようになったんだもんなぁ。生徒の成長の末恐ろしさたるや。いやはや、もうなんと申し上げたらよろしいやら。

授業がとにかく楽しい。生徒たちのクリエイティビティが凄まじい。こう言う授業がやりたかった。とにかく脳みそフル回転な瞬間の連続で、生徒たちはとても忙しい様子です。

★毎週水曜日の夜、英語のディスカッション、やってます(無料です!)毎週水曜日の21時30分から、無料で、英語でのオンラインディスカッションをやっています。

この頃、聴く姿勢、相手を思いやる気持ち、相手を引き出す英語力を皆で意識して活動していますが、これがとても功を奏してか、参加者の英語力向上が凄まじいことになっています。

初めての方も、ぜひご参加くださいね。無料ですし、英語力レベルは一切問いません。

参加者全員のパフォーマンス向上、が会の趣旨です。皆で楽しんで英語を使いましょうね。

今日はこの辺で一つ。

追伸:ブログ更新を再開したら、メールをたくさん頂戴するようになりました。待っていました!先生、続けてくださいね!と温かい声も頂戴し、とても光栄に存じております。昔の脱線グリッシュのように、好き放題に思い切り書きます。脱線しまくりな内容なのですが、それでも元気と情熱は溢れんばかりにみなさんにお届けします。一つ、良しなに、よろしくどうぞー。
石川さん、粟村くん、松木くん、睦美さん、いつもありがとう。

2017年9月26日火曜日

雨にずぶ濡れになりながら、泣きながら電車に乗って、馬鹿野郎、馬鹿野郎、って言いながら泣きながら大雨の中を歩いて帰る

自分らしく生きていくことっていうのは、どういう意味に捉えられているんだろうか、と考えることがあって、それって、自分が誰かの顔を思い浮かべることなく、思い切り自分の心の声に耳を傾けることなんじゃないか、と思うことがますます多くなってきてる。

43歳だから、例えば80歳くらいまで生きられると仮定して(酒とタバコに身を焦がしてる癖にずいぶん厚かましい計算だけども)もう半分も切ってるわけで、これからの人生を思い直した時に、自分が思った通りに生きていかないと、死ぬ時に、ああ、これをやっとけばよかった、あれをやっとけばよかった、と後悔することになるんじゃないか、と怖くて仕方がないのです。

好きなことをやるっていうのは、仕事を自分のやりたい方向性でできるだけ自分の考えたこと、思ったことを実現できる形でやっていく、っていうことで、それは勇気がいるとか、協調性を持つとか、そういうことではなくて、自分がやりたいこと、やりたいからこうしようと思うこと、そして、その仕事を通して、誰かが報われたり救われたりするかもしれないという大いなる勘違いが愛へと昇華され得るんだ、と信じて自分を励ましながら進んでいく、っていうそういう原動力ですよね、それこそが大事だったりするんじゃないかしら、と僕は思ってるんですよね。

誰かのせいにして自分を押し殺してるのって、なんだか身勝手すぎるじゃないですか。自分がやりたいならやれば良いんです。できない、じゃなくて、できるところから動けば良い。動けない理由を自分以外にしてるところが、すでにモラトリアム的だと僕は思うし、人の意見に屈した自分はその人の為になってるんだ、って思うことほど、その他人に対して愛がないことはないんじゃないかと僕は思ったりしています。死ぬ間際に後悔しても遅いと思うんです。

友達と色々話してると、本当にそういう遠回りというか、人の目を気にすることがいかに自分の人生を削り去ってしまうか、ということとか、他人に依存してしまうことによって、自分の人生の後悔やら失敗やらを、誰それさんのせいで自分は、、、なんて少しばかりでも思ってしまって、それはなんだろう、不健康なのではないかしら、と友達と言い合っていて。好きに自由にやるってのは、かといって、わがまま勝手というわけでもなくて、一定の節度というかそれはもうある程度、大人ですから守っていくわけですけれども、そういうことじゃなくて。

世の中がどうすれば幸せになるんだろう、っていう自分なりのセルバンテスが擡げるというか、大いなる勘違い、僕は必要だと思うんですね。人生の合理性を優先するじゃないですか、現代人って。でも、僕は人生の合理性よりも、人生の文学性に掛けたいんです。

合理的に生きても、人生に感動は起きないと僕は思います。

雨にずぶ濡れになりながら、泣きながら電車に乗って、馬鹿野郎、馬鹿野郎、って言いながら泣きながら大雨の中を歩いて帰る、そういう納得のいかなさみたいなものと争う時間、どれくらい人生で持ってるか、で全然違うと思うんですね、感性の磨かれ方とか。

だから、みんな、もっと人目を気にしないで、自分自身に対して賢しらに振る舞うんじゃなくて、もっとこう、なんていうか、熱くグッとくる近藤マッチ的なというか、吉川晃司的な何かがいる気がしてるんですよね、僕は。

そういう泥臭い蒙昧主義的でレトロスペクティブな情熱論が、何かをモビライズしていくんじゃないのかな、と僕は思ってるんです。

スマートな生き方が良い、なんて、僕、全然思えません。
毒持ちましょう、大胆に生きましょう、聞き分けいい人やめましょう。

そう思いながら、若い人からきたメールを読んで考えていました。今日の午後の話です。

もっとも大いなるもの

単語の綴りを一生懸命練習するけれど、何度も、何度も間違える子がいる。 でも、授業中、何度もうなづきながら説明を聞き、話に耳を傾け、大きな声で歌を歌う。フォニックスの発音を、口を縦横いっぱいに開けて発音する。 oshienと単語テストに書いてきた。oc...