2017年2月10日金曜日

似もせず非なるもの

*多読授業の金曜日
今日は週の2回目の多読デー。(1回目は水曜日の放課後。)
ORTだけを出して読んでもらっています。生徒たちの読んでいるレベルは5〜8くらい。読み方の工夫を伝えて、ORTチャートを見ながら、読んでないもの、話の内容がうろ覚えの物なんかを丁寧に攫ってみようね、と伝えつつ、読んで貰っています。
↓ORT(Oxford Reading Tree)とは?
https://www.oupjapan.co.jp/ja/gradedreaders/ort/index.shtml

多読授業の約束事は以下の通りです。
・居眠り&内職は厳禁。
・レベル調整は都度相談。
・キリン読みの子達への声掛けと一緒に本探し
・やさし目のものに戻ってパンダ読み


↓パンダ読みとは?
http://www.aragoras.com/%E8%8B%B1%E8%AA%9E%E5%A4%9A%E8%AA%AD%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6/%E3%83%91%E3%83%B3%E3%83%80%E8%AA%AD%E3%81%BF%E3%80%81%E3%82%AD%E3%83%AA%E3%83%B3%E8%AA%AD%E3%81%BF%E3%81%A8%E3%81%AF%EF%BC%9F/


生徒がレベルにあったものを読んでいるかは、机間巡視しながら都度確認です。ぼーっとしていると時間の充実が台無しになってしまいますので、生徒たちの読んでいる本を見ながら声掛けしつつ、でも、できるだけ邪魔しないように、と配慮をしながら1時間を過ごします。



生徒達に指導を入れつつ、折にふれてぼくもレベル8を読書。「たかが絵本だろう。易しいし幼稚だ。」と言うご指摘は当たらない事は、実際にORTのレベル6以降の英文を見ていただければよくお判り頂けるかと思います。高校英文法バリバリです。情け容赦なく、繰り返し繰り返し出て来ます。


生徒達に指導を入れつつ、折にふれて僕もレベル8を読書。「たかが絵本だろう。易しいし幼稚だ。」と言うご指摘は当たらない事は、画像の英文を見ていただければよくお判り頂けるかと思います。高校英文法バリバリです。情け容赦なく、繰り返し繰り返し出て来ます。

このレベルになってくると、易しいレベルと高いレベルを行きつ戻りつした方がbetterですね。
多読をこれから考えておられる先生方に於かれましては、ぜひ実際に読んで頂き、中身を見て頂けると良いなと思っています。

実際に英文を読んでいただくと、ORTのレベル設計が、無理なく英語を理解できるように、丁寧かつ緻密に設計されていることがよくわかると思います。

まず読者を絵で惹きつけ、次にわかりやすさで門戸を広く開き、繰り返しによって瞬時の理解を促し、さらに内容の深さで虜にし、物語の連続性によって、読者の心を鷲掴みにする、このすべての要素を兼ね備えているのがORTの醍醐味です。

すごいシリーズです。レベル8まで読んでみて、改めてこの本の凄まじい威力と魔力を思い知らされています。


*受験演習=多読?まさかね。
毎年、センター試験が終わった頃から、高校三年生が、英作文の添削をしてください、と訪ねてきます。

僕が受け持っている学年ではない子たちは、どうして僕に相談に来るのかわかりませんが、まぁいいや、ってんで、面倒をみることにしています。

その子たちといろんな話をするんですが、先日、「先生、一年生は随分と早い段階から多読をさせてるって聞いたんですけど、すごいですね!受験に向けての準備が早いですね!」と言うので、一瞬頭が真っ白になり、「え?多読って、絵本読んでるんだけどさ。」って言うと、「あら?入試問題演習をさせてるんじゃないんですか?」とびっくりした顔で聞き返して来るので、やれやれ、と思いながらこんな説明をしました。

「あのね、「受験問題を大量に解くこと=多読」って言うのはさ、認識の誤謬だから。これはね、ドリルなの。多読じゃないの。

多読っていうのは「読書」なの。受験問題を大量に解かせるなんて高一からやったら、みんな英語大嫌いになっちゃうよ。」

受験問題を大量に解かせることは、演習であり、ドリルです。僕も高三の生徒にはドリルいっぱいやってもらいます。

*「暗唱ばかり+単語の鸚鵡返しのみの語彙習得=完全な理解(確かな英語力)」というトンチンカンな誤解
僕や仲間がやっている多読っていうのは、読書という崇高なプロセスであり、学校指導の中ではバラバラに教えられがちなスキルや総合力を、包括的に高めていくメソッドなんですね。

外国人の留学生に、漢字ドリルと国語の読解問題を大量に解かせたり、大量の日本語リスニング問題を解かせれば、日本語ができるようになるか、という仮説を考えてみるとわかると思います。

高三生にこういう説明を懇切丁寧にすると、僕も先生の授業、高一から受けたかったです、と言うので、生まれ変わったらまたその時ね、ということにしています。

しかし、一番びっくりしているのは、世の中は大入試改革に向けて、現場は様々に変化を求められているはずなのに、生徒がそういう認識に囚われている、ということと、さらにその生徒も何某かの情報によって、「多読=受験演習」と捉えていることです。

愕然を通り越して、呆れ返ってしまいました。

大人の責任なんだよな、とその子を不憫に思いつつも、そういう浅知恵みたいなもので、チャチな指導をして、生徒の英語力が上がると信じきっていた自分の30代の指導を振り返り、卒業生に申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。

思えば、鍛える、と称して、僕もそういうことを生徒にやらせていました。今となっては思い出したくない、恥ずかしい黒歴史です。

大量の単語テスト、大量のリスニング問題、大量の読解演習。受験の力はついたかもしれませんが、今だったら、そういう指導、絶対しないけどな、と僕は思います。大学受験には対応できても、痩せた英語力しか身につかない、そんな方法で生徒を指導してはいけないよね、と自戒を込めて、今現場で指導に取り組んでいるところです。

同時通訳トレーニングを導入して10年、その頃は今たどり着いたメソッドがわかりませんでしたので、リスニング問題を解かせておけば、力がつくんだ、と思い込んでいました。しかし、それは間違いだった、と今ははっきりと分かります。

同時通訳トレーニングをしっかりと取り組みながら、英英辞典とキクタンリーディングを使って包括的ドリル学習を行いつつ、基礎の姿勢作りをすることが、リスニング問題攻略のみならず、発音の向上、ロジカルな聞き取りフォーム、頭から英語を理解していく回路、音を弾かない耳を、無理のないやり方で身につけることができることもわかってきました。

*多読は読み流し、という悪意のある誤解
多読により、読解に対する姿勢、集中力、読みの速さ、文法指導の際に教えたことの再読、再認識、さらには自然な運用へ触れること、などが可能になり、英語力がかなり高い生徒のみならず、英語力がとても低い生徒や中間層の生徒たちに、盤石かつ完全なる英語力が身につくことも実感しています。

多読はただ文章を読み流して、単語も覚えなくてもいい楽な勉強法だ、と理解しているのは、悪意ある誤解です。それは多読ではありません。注意しましょう。

本物の英語力を身につけたければ、ヤクザな勉強法はやめるべきだよね、と僕は心から思います。

受験が終わった後も自分に残る英語力、それこそが本物で揺るぎない英語力なのだと僕は経験と生徒たちの伸びを見ていて深く実感しています。

ではまた。

2017年2月9日木曜日

ジワる授業

CLIL授業実践中。

昨日、「ユリイカ!」と叫んだアルキメデスのような心持ちで1日を過ごしましたが、今日はその2回目とCritical Thinkingの前段階。描写→主張、という形をとり、文法、語彙、構文、熟語など、練習に余念がありません。

*ルールはゲームの中で覚えていく
英語力を身につけていくことをサッカーにたとえますと、昨日今日の授業は、ミニゲームを通して、ルールや戦術を統合的に学ぶ活動です。

ルールブックは、ミニゲームや試合を通してわからなかったところを都度見返す、監督やコーチに尋ねる、友達と話し合う中で身について行きます。

机に座ってルールブックを完璧にマスターしても、審判にすらなれません。審判はゲームでジャッジをしながら、頭で理解しているルールをジャッジのスキルに昇華しなければ仕事が務まらないからです。

CLILというのは、Content and Language integrated Learning
(内容言語統合型学習)と言いまして、今まで各項目に分かれて別々に指導したり学習していたりしていた英語の授業が学習を、一つのテーマに沿って、切り口をあらゆる方面で変えて行きながらも、最終的には一つのゴールと習得を目指して学習と授業を行う学習形態・指導メソッドのことを言います。

気づかないうちにこのメソッドになっている英語の先生は日本中にいるよね、というのは、もっぱら仲間内での話題ですが、年間や3年間、6年間、などの中長期のスパンを持って取り組んだり、コンテンツの中身を最大限高めて毎回授業を行えているか、という点においては、まだまだ金の鉱脈が眠っている分野だと僕は思っています。

今はそんなメソッドの流れを深く身体化する研鑽を重ねているのと、できる限り多くのパッケージやスキル、そしてアクティビティを拵えて、幅広く運用されることを目指し、毎晩遅くまで必死にあーでもない、こーでもない、と考えてパソコンに向かう日々です。

*描写から主張へ:音読や暗唱の先にあるもの

生徒たちは毎回、Steve Jobsの教材を使って同時通訳トレーニングを行います。7年前にこの教材を作った時は、ここまでで授業を終えていました。暗唱、英作文、語彙習得のみに主眼が置かれた授業をしていたと記憶しています。

今は、同時通訳トレーニングもきちんとやりこむのですが、それはあくまで授業前半の帯活動でして、その後、そこで音読したりシャドーイングしたりしたものを踏まえつつ、読んだものを描写しながら、自分でお話を再現できるように仕掛けて行きます。この活動をして置かないと、英語できちんと意見を言えるようにはならないんです。



一昔前だったら、無作為かつ無差別に、コンテクストとして背景を同じくしない英文をバラバラに覚えさせて、さぁ話せ、さぁ使え、と指導していましたが、個人にある程度の読解力やメタ認知量がないと、単純暗記、単純暗唱では、異なる情報を組み合わせる情報処理ができず、学習者は不満や困難さを募らせるばかりで、英語を話す活動そのものが億劫に感じるようになってくるのです。ですから、この描写活動を友達とともにやることが、従来型の英語授業における、ドリルや文法演習にあたります。


この活動を2コマほどやったのち、3コマ目で協働学習に入ります。生徒たちに自分の意見を英語で書かせるのですが、個人で書くことは洞察が浅かったりすると、二元論などで終始したり、稚拙な形容詞を使った紋切りロジックに終始してしまう嫌いがありますので、グループで話し合いながら、友達の考えに触れ、それをメモして、自分とはどこが違うのか、共通するところはどこか、お互いの意見が一致するところとお話の核心の共有点は何か、などを話し合い、気づき合って、最終的に自分の意見をまとめる時間をとります。

*ブレインストーミング→ディスカッション→jigsaw法にて新視点
生徒は、一つのレッスン、一つの課、一つの項目を終えた後、教師が意図した文法事項や語彙を身につけることのみならず、それらを駆使して、自分の意見を英語で述べたり、書いたり、人の意見を聞いてディスカッションを重ねたり、グループで情報分析や情報処理を行ったりしていく中で、英語そのもののみならず、広い視野、論理思考、分析力、他人と協働してチームで動くチームワーク、異なる意見を受け入れながら新たな第3、第4の視点を探っていく多様性順応思考を身につけていくことになります。

今週はグループワークと自分の主張を掘り下げて練り上げる活動で終わり、金曜日は週2回の多読の2回目なので、集中して読書に取り組みます。できない子がレベル6や7をニコニコしながら読んでいる姿がとても頼もしく感じます。














先月から、豪州より留学生を迎えており、その子を多読授業へ誘いました。図書館より日本語の絵本を借りてきて、読み聞かせをし、英語で語彙や語感、文化背景の違いを説明しながら過ごしました。生徒たちに混じって日本語の多読を始めたこの子が、帰国する時にどれだけ日本語が身についているか、楽しみになってきました。子供達には、家に眠っている日本語の絵本を持ってきてもらえないか、と依頼をし、待っているところです。

しかし、まさか外国人に日本語の指導をすることになるなんて、思ってもみませんでした。歳をとってくると、いろんな経験をするから、人生、わかりません。

全部が渾然一体となり、後々にジワる授業、それがまさにオーガニックな語学学習であり、多読、アクティブラーニング、スピーキング活動、ライティング活動などを全て機能させようと提起するCLILはその一つの視座の提示なのだと僕は思っています。

ではまた(^-^)

2017年2月7日火曜日

「ワトソン、99回失敗しても100回目にうまくいけば、それは失敗ではなく、成功への過程だったということです。」

長文なので、お暇でしたらお読みいただければ幸いです。いつもすみません。
*CLIL授業2日目。
*描写から主張へ その後、2回目のdescription活動(描写)。これはreproduction
*文法をアウトプット活動に



focus on form(文法・語彙)を中心に据えた言語活動2日目。
ここからfocus on meaningに徐々にずらしていって、最終的にディスカッションの際に英語で分析を行ったり、ディスカッションを行ったりするための地均しです。

1コマ50分の授業の中で、通過しなければ到達できないゴールがあるので、1つ1つの時間を充実させつつ、ダラダラができないのが難しく、ここで切る、という時間管理ができないと、活動ごとに間延びしてしまうので、さじ加減の技術を常に要求されます。

まずは単語テスト。キクタンリーディングのweek8です。これは学年で決まっていることです。

授業の枕では、最近の生徒の学習状況を鑑みて、Oxford Essential Dictionaryの活用が停滞気味なので、その活動と講座を一つ。

その後、Steve Jobs のCommencement Speechの 1st storyを使って同時通訳トレーニング。音のみのシャドーイングまでまだまだ時間がかかりそうですが、たっぷり時間をとって、音の取り方、この段階でのシャドーイングのポイントである「聴く→出す」の実演、その後、シャドーイング、というフォームづくりの練習。

(読んだ文章を自分の言葉で再生)みたいなものですが、何のことはない、暗唱せよ、という活動に自由度を持たせているようなものです。

これをやっておかないと、自分の意見を言う時に、誰がどうした、何がどうなった、と言う文章を英語で言えなくなります。

これは、帯活動をコウモリに例えるとすると、それが化けてドラキュラになったような感じの活動でして、元はただのコウモリなんですが、ドラキュラに化けると魔力がある、と言う、不思議な活動です。意味わかんないですよね。失礼しました。

物は言いようで、とは下関の達人セミナーで、鹿児島の有島の兄貴から学んだ知恵ですが、いや、まさしくその通りでして。

どんどんペアを替えながら、同通トレで読んだ英文の中身を再生していって、とにかく文章を1つでも多く作らせます。

文法事項は、少しずつ負荷をかけていき、最終的には過去完了形の文章と過去形の文章を言えるようにして、その後、Critical Thinkingの活動へと昇華していきます。
僕は去年、このfocus on formのやり方が全くわからなくて、どうやって中身と結びつけていったらいいか、随分と悩みました。単純にドリルをすればいいのか、どう言う工夫をすれば、溝畑先生のジグソーの時のような現場になるのか、毎日悩んでいました。

俯瞰して考えればわかるだろう、と頭の良い方から冷笑されそうですが、俯瞰思考だけではわからない要素がかなりたくさんあって、例えば生徒の英語力の差や、インプット量がバラバラの集団にどのような活動を混ぜれば、自由に意見が言える英語になるのか、その辺がやってみないとわからないのです。難しい。生徒を見ているつもりでも、全然見えていませんでした。

今日の授業までで、中身に関するdescriptionは第一段階を終えました。明日以降、descriptionnのレベルを次の段階に持っていき、最終的に、来週の頭から、critical thinking の活動へと持っていきます。

12月に生徒には英語でディスカッションを体験してもらいましたが、その時よりも自分の表現の幅と内容理解のレベルがもっとアップしていることを実感してもらえるよう、鋭意授業準備を余念無く行う予定です。

これがうまくいって、試験の評価まできちんとできたら、自分にご褒美で、しばらく行方を眩まします。探さないでください。かしこ。

2017年2月6日月曜日

違うんですよ。そうじゃないんです。


*ORTセミナー@神戸、60数名参加にて満員御礼
オックスフォード大学出版より招聘を賜り、去年から数えて4回目の、Oxford University Press presents “Oxford Reading Tree Seminar”  が神戸で開催されました。当日は満員御礼で、教室に入りきれない参加者の方もおられ、OUPのスタッフの方が座席を増員するなどして対応なさっていました。

「多読を始めたいけれどどこからやれば良いのか分からないので参加をしました。」
「オーガニックで自然な語学指導に興味を持ち参加しました。」
「英語が苦手な生徒たちにどのように対応していくか悩んでいる時に同僚に勧められて参加しました。」などの声をアンケートに頂戴し、身が引き締まる思いがしました。

当日は武庫川女子大附属中高の安福先生、東大寺学園の西山哲郎先生、そして僕、がプレゼンターを務めさせていただきました。

参加された60数名の先生方、本当にどうもありがとうございました。販促の方が持ってこられてあった本の販売ブースでは、英英辞典とORTシリーズが飛ぶように売れていました。

スタッフの皆様、OUPの小林さん、安福先生、哲郎くん、本当にどうもありがとうございました。

*建設的知的生産:「批判」を恐れるのは人類の進化への拒絶
さて、セミナーの内容と反省点などに関して、僕は親友の西山哲郎くんとはかなりシビアに批判をし合うようにしています。毎回セミナーが終わると、西山くんとテレビ会議をして、お互いにどこが不味かったかを徹底的に洗い出し、批判し合います。お互いにイエスマンになってしまったら、自分達の成長が望めず、悲しいおじさんになってしまうよね、と二人で何度も確認し合い、お互いの成長を助け合える存在でい続けられるように、耳の痛いことをどんどんお互いにぶつけます。


日本人は「批判」と言う言葉に対して過敏に反応し、批判を受けることを忌避する傾向にあるように僕には思えるのですが、本来、「批判」と言うのは、「より良き改善を促す」ために行う知的生産行為であり、これを差し控えたり、避けたりしていては、知性の怠惰を許してしまうことになるのです。「非難」と「批判」と「中傷」はそれぞれ意味が違います。ですから、そこをきちんと認識した上で、お互いの改善を願ってシビアにassesment を出し合わないと、マンネリ化を自身に許してしまうことになる、と僕らはお互いに恐れているのです。

僕らが立てている宣誓の一つに、毎回同じネタをやらない、と言うのがあり、それは自分たち自身への自省と自戒の意味と、もう一つは、リピーターの方に対する僕らの敬意と謝意を忘れない、と言う想いから続いている心構えです。その意味で、必ず二人で反省会をやります。スカイプでやる時もありますし、会が終わってから、懇親会などの後に、2人で集まって必ずこの時間をとります。

今回のセミナーに関しては、お互いに満足のいく発表ができたのではないか、と思います。一方で、「どうすれば多読に踏み切れない先生方の背中を押すことができるか。」
「同僚との擦り合わせで悩んでらっしゃる先生方をどのように導くことができるか。」
「どうすれば、先生方が抱きがちになってしまう、お前のところは恵まれているから良いよね、と言うパラダイムからの脱却を促していただけるか。」
「どうすれば、多読なんて受験に役立たない、単語も覚えない、生徒が伸びない、と言う誤解を解いて差し上げることができるか。」

という4点に関して、議論が深まりました。特に多読に関するイメージの誤解を解いて差し上げる、という点に関して、また、受験には役立たない論に対する払拭をどのように行っていけば良いか、詳らかに意見を交わしました。

*「多読」の誤解を解く
多読の効能の一番優れている点は、類推力・描画アプローチによる右脳読解・補完力、の3つの能力の涵養と向上です。これらの能力は、実際に読書を続けていく中で身についていくスキルであり、コマンドでもあります。

字しか書かれていない英文を見た時に、その英文がどのような状況なのかを頭で思い描く能力が多読によって身につきます。絵本を読み、絵をじっくり見ながら文の内容を類推することを繰り返し、繰り返し行うことにより、左脳だけで処理していた文字情報に対して、右脳がイメージ喚起を促すようになります。そうすると、初見の英文を読んだ時に、全体でどんな話が進行しているか、という流れや絵が見えるようになるんです。

僕は安福先生のお話を聞いて、 form(文法・語彙)を軽視しては絶対にいけない、という点に改めて深く同意し、共感を強めました。絵本を見て、未知語の意味の類推ができるようになったり、日本語を介さなくても、英語のまま理解ができたりすることは可能です。ここで忘れてはならないのは、「語彙」という言葉はしばしば、私たちによって、「認識語彙」と「運用語彙」がごちゃ混ぜになって理解されている、という事実です。

多読で培われる語彙は、認識語彙が大半であり、獲得した認識語彙を運用語彙に昇華していく
反復が一定数で行われ、さらに、それらをどのような文脈で使うか、また、どのように組み合わせを変えるか、という試行錯誤を経ないと、獲得した語彙は運用できない、ということになります。多読万能論が危ういのは、この点において多くの誤解を生みやすい潜在性を孕んでいることに、無頓着になってしまうほど、読書という行為そのものが、楽しいし、英語が伸びてしまう点に在ります。その点に注意を払い、生徒たちに配慮をしなければ、多読によって生徒は伸びるのですが、爆発的な伸びが期待できない、ということになるのです。


*受験に対応できない?
以上のような脳の働きを踏まえると、多読が受験に役立たないのではなく、むしろ、一斉授業や完全な理解を求めるような指導を行っていても決して鍛えることのできない脳へのアプローチが可能になることがお分かりいただけると思います。

学力やメタ認知が高い位置にある生徒は、無意味に感じられる反復や、苦痛を伴うドリルに対して、嫌悪感があっても、難なくこなせてしまうため、そういう生徒たちに対して私たち教師は、しばしば、ドリルや受験演習に偏りがちになってしまいます。ですが、生徒たちはむしろ、それらの行為は自分一人でも行えるではないか、という疑念を抱き始めた時、授業に対する関心を急激に失ってしまうのです。

多読は、成績が上位の生徒に対しても、英語を苦手とする生徒に対しても、有効な学習手立てとなります。それは「本人の自由裁量が認められていること」と、「知識獲得だけではなく創造するという知的生産を許される」という2点にもっとも効果が表れている、と僕は考えています。

教師が指導をすることには、教師が考えて準備した1つのことしか生徒は学習項目を持ち得ませんが、生徒の想像を許可することにより、生徒が考え出すことは、無限に広がり、ある時は、これまでに獲得した知識や情報と、全く異なる組み合わせの妙を獲得したりすることが可能になったりするのです。

多読は、読む速さ(リーディングスピード)、読む行為に対する持久力(リーディングスタミナ)、アルファー波が出た状態を持続させることにより涵養させる集中力(集中力アップ)、の他に加えて、認識語彙の獲得、意味のある間を置いた反復により促される語彙記憶の強化と運用への応用、が促進される点で、大いに優れている学習形態であると言えます。

*終わりに代えて
これはこのブログでもフェイスブックでも、ツイッターでも何度も訴えていることですが、子供を抑え付けて指導しても、大学生になった後の学びの持続性と効果において、何らコミットしたことにはならないのです。生徒が大学生になった時、大人になった後、自分たちで進んで学びに向かいたいと考えるようになってくれる、そんな姿勢を涵養していきたい。多読や通訳トレーニング、語彙学習、スピーキング活動、協働学習はそんな遠くを見据えて設計されていると僕は考えています。個人の成績を伸ばし、その個人の力をグループによって、集団によって束ね、衆人の叡智にコミットする、という果てしなく途方もない大きな目標にコミットし続けなければ、社会が、教育が、個人が、良くなりません。分断は深まり、自分さえよければ良い、という姿勢が養生の幅を広げるだけで、肥大化した化け物のような自己承認欲求を追い求めて彷徨い続ける大人が増えるだけです。誰も幸せになりません。

点数や数字を伸ばしていくことは、アウターマッスルを鍛えていくことに例えることができると思います。考える力、疑問を持つ視点、批判的に物事を見つめる視点、分析力、類推力、描画力などは、普く拓かれた構えで世を捉える力を養わない限り涵養され得ず、知のインナーマッスルはいつまでたっても痩せたままです。

子供達の学力を伸ばす一番の指導法は、「教えないこと=子供が自分で考える力を日々つけさせること」だと僕は思っています。

「完全な理解」を子供達に求めて、がむしゃらに教師が頑張っても、子供達の受動的な姿勢がますます高まるばかりで、考える力や、疑問を持つ視点は育ちません。それは子供の成長を促したことにはならず、子供達を餌を待つ燕のように見て、餌を与え続けることに過ぎません。思考力にコミットする下地を作る準備を、あらゆる活動や指導を伴って促していくことが大切だと僕は思います。多読はその一つの手段であり、自己目的化してはいけないと強く警戒しています。

長くなりました。もう少しこまめにブログを更新することにします。
少し忙しすぎるのかも知れません。

今日はこの辺りで一つ。

追伸;(業務連絡)哲郎君、溝畑先生のセミナー、60名を超えて、今70名に届きそうな勢いで申し込みがすごいことになってるよ。OUPセミナーといい、すごいことだね。数がどんどん増えてる。関心の高まりが凄まじいですね。

2017年1月5日木曜日

アクティブラーニング授業実践研修会のお知らせ



【アクティブラーニング授業実践研修会のお知らせ】

告知1週間足らずでただいま22名のお申し込みを頂いております。嬉しい悲鳴を上げております。九州からは遠方の先生方からも続々とお申し込みを頂戴しております。

2ヶ月前にこれほど多くのお申し込みを頂いたのは、去年の夏の京都ジョイント以来です。

引き続き、多くの皆様のご来場、お待ちいたしております。

お申し込みフォームはこちらです。
http://form.os7.biz/f/57ccfe7e/

溝畑先生のご実践に関しては、こちらのページの'Class Report'をご覧ください。
https://www.eiken.or.jp/eiken/group/pdf/se2016_autumn.pdf
日時:2017年3月4日土曜日 13時受付開始
  13時30分開始ー終了予定時刻17時30分

場所:福岡県 学校法人西南学院中学校・高等学校構内
  (予備教室2)

参加費:2000円

内容:『今から誰でも自信を持って始めるアクティブラーニング』

「すでに英語ではペアワークをやっているから大丈夫」、「アクティブラーニングで21世紀型高次元スキルの獲得なんて無理」という両極端の反応があちこちで見られます。活動だけありきで「学び」が起こらないではだめです。工夫をすれば、英語授業に今までに行われていなかった観点に基づく学びの場を提供できます。

1)普通高校で4技能統合型の授業をチームとしてどう作るか
2)どうすれば授業をコミュニケーションの場にできるか
3)CanーDo Statementsを無理なく活かすには
4)ジグソー法の効果的な実践方法は
5)予習や復習はどう指導すれば良いか
6)定期考査やパフォーマンステストはどうするか

以上の点について考えて見ましょう。生徒も教員も無理なくできることを、できるところから始めて見ましょう。そして、生徒の未来のための授業に挑戦してみませんか。

お申し込みフォームはこちらです。
http://form.os7.biz/f/57ccfe7e/

2016年12月27日火曜日

2017年3月4日アクティブラーニング勉強会開催のお知らせ

2017年3月4日アクティブラーニング勉強会開催のお知らせ
【アクティブラーニング授業実践研修会のお知らせ】
来年の3月4日(土)に、博多に溝畑保之先生をお招きして、アクティブラーニングの授業実践研修会を開催する予定で準備を進めております。
溝畑先生のご実践に関しては、こちらのページの'Class Report'をご覧ください。
https://www.eiken.or.jp/eiken/group/pdf/se2016_autumn.pdf時間は午後13時受付、13時30分より〜17時30分を予定しております。
この日は絶対に空けておいて下さい。
また、当日は混雑が予想されますので、早めのお申し込みをお願い致します。(会場は西南学院中高校舎内を予定しております。)
お申し込みフォームはこちらです。
http://form.os7.biz/f/57ccfe7e/*フライヤーをプロの方にご無理申し上げて外注いたしました。気合い入れてます。この勉強会には最大限の力を注入しています。皆さま、どうぞよろしくお願い致しますm(_ _)m

2016年12月17日土曜日

子供達が未来を創った日

学内公開授業、無事に2日間終了しました。ご参加頂いた先生方、学期末のお忙しい中、本当に有り難うございました。感謝します。 そして、素晴らしいパフォーマンスをしてくれた生徒たち、本当にありがとう。

たくさんの同僚が見に来てくれ、生徒たちの様子を見てくださいました。
2日間とも見に来てくださった先生方が7名居られて、生徒の変化や様子を2日間見ないとわからないと思ったので2日間来ました、と仰っておられました。

授業の内容は以下の通りでした。

《1日目:ジグソー法によるアクティブラーニングでのスピーキング活動》1エキスパートグループで単語のクイックゲームでウォームアップ2エキスパートグループでグループ学習3グループ学習の内容を1人ずつ発表練習43の2ラウンド目5ライティング

《2日目:ジグソー法によるアクティブラーニングでのスピーキングとライティング活動》1ジグソーグループにてPREPドリル(自己紹介と好きな食べ物)2エキスパートグループで昨日の3ラウンド目32の4ラウンド目4ジグソーグループにて1人ずつ発表5ジグソーグループにてフリーディスカッション6ライティング
普段使っている教科書のレッスンを使って、いろんな活動ができること、また、練習やリハを重ねることで、生徒たちが上手くなっていく過程、その後ライティングに落とし、形に残す、というところまでを見て頂けたと思います。

英語科の同僚の3分の2が授業見学に参加してくれ、2日間見てくれた同僚がそのうち4名、授業後に雑談をした際、今後の授業でやってみようかな、と思ってくださったようで、とても嬉しかったです。
自分から手を挙げて2日間公開授業をやった目的は、同僚に生徒の様子を見てもらい、これなら自分でもできそうだ、という実感を持ってもらうことでした。

ある同僚から、真似させてもらいたいところをたくさん気づけました、と言っていただいたので、真似じゃなくて、先生のやりたいことをなさって欲しいです、とお願いしました。そのための資料やサポートはいくらでもします、と申し添えました。

アクティブラーニングや4技能型の授業に同僚が興味を持ってくれたことが何より、本当に、本当に嬉しかったです。授業や諸般の事情で見ていただけなかった同僚も、見に来てくださった同僚がアクティブラーニングの実践をそれぞれの現場で行い、それをまた見る機会があればそれで十分素晴らしい収穫だと思っています。

同僚に感動を与えたのは子供達の素晴らしいパフォーマンスでした。プリントは"On the desk"というルールで、一切手に持たず、グループの目を見て話すこと、ジェスチャーを入れることを重視しました。 リスナーの生徒も熱心にスピーカーの生徒の話を聴き、質問をする姿を同僚が見てくれ、何かを感じてくれたんだと思います。生徒が活き活きして、誰もやりたくなさそうにしている子がいませんでしたね、と感想をたくさんいただきました。
2日目のジグソーグループの活動では、
まさに本当の意味でのフリーのディスカッションを先生方に見ていただけたと思います。生徒はとても活き活きとパフォーマンスしてくれました。 活動中、僕は教室を歩き回り、グループの様子を見て回ります。その際、特に成長を感じられた生徒を指名して、途中で全体でスピーチをしてもらうよう、急遽指導内容を変更し、全体の前で数名の生徒にやってもらいました。その際、嫌がらず、また物怖じせず、顔を上げて、聴衆の目を見ながら堂々と英語で自分の意見を言う生徒の姿は圧巻でした。

終わった後、生徒たちの達成感に満ちた顔が忘れられません。 たくさんの同僚が今後の授業の参考にしていただけたら何よりも幸いです。他のクラスや他の教科、他の学年で、多くの子供達の学びの姿勢が積極的になり、先生方と生徒たちとの関わりが温かく、より濃く、深くなることのお手伝いができた、と思えたら、それは何にも代え難い喜びです。 その意味では、授業で最高のパフォーマンスをしてくれた子供達は、これからの学校の明るい未来に大いに貢献したことになる、と僕は思っています。 子供達が学校の未来を創った日、この2日間は9ヶ月間にわたる学習活動、トレーニング、協働学習、多読、スピーキング活動、ライティング活動の集大成でした。 再び、参加してくださった先生方、本当にどうもありがとうございました。 そして、自慢の子供たち、本当に、本当にありがとう。 3学期はもっとタフな教材が待っています。 共に励まし合い、愛し合って、成長していこうな。 ありがとう。2日間、とても幸せだった。ありがとう。

もっとも大いなるもの

単語の綴りを一生懸命練習するけれど、何度も、何度も間違える子がいる。 でも、授業中、何度もうなづきながら説明を聞き、話に耳を傾け、大きな声で歌を歌う。フォニックスの発音を、口を縦横いっぱいに開けて発音する。 oshienと単語テストに書いてきた。oc...