2015年3月30日月曜日

セリヌンティウスよ、ありがとう。


親友が夕方、京都に帰って行きました。この三日間の勉強会の充実度は、過去の経験を数えても、指折りの高揚感とコンテンツの高さを持っていました。彼と親友で居られる事は本当に幸せなことだ、と神様に感謝しています。

思えば彼との付き合いももう八年になりましょうか。ブログでメールをやり取りした事がキッカケでした。社会人になってから出来た友達、同業者であり、戦友でもある。遠く距離を隔て、お互いにそれぞれ、京都と博多で教鞭をとっていますが、暫く会わなくても、自然とその間柄には、チョイとも不自然や不都合の隙間風が吹かぬ。良い間柄です。

さて、土曜日の夜から、僕らはまず話に花が咲きました。福沢諭吉さんのこと、お互いに読んでいる本の事、古典の話、音楽の話、生徒との関わり、英語の話、英語の発音の話、ロジックの話、いかに同時通訳トレーニングが大事か、ということ、授業をする際の心構えの話、生徒に学びが起動する時は如何なる時かという話、肉はどういう風に焼けば肉汁が出て美味いかという話、美味いワインの話、You are what you eat の話、ローマ人の話、ラテン語を勉強する時の面白さについての話、自然に遊ぶという事について、生身の身体を鍛え身体感覚を研ぎすます事、センスの感度を常に高く保っている事、生徒を褒める話、先生として何が大事なんだろうという話、父親の話、兄弟の話、夫婦の話、Amazonで買い物をし過ぎてしまい困ったものだという話、数え挙げれば遑がない、という訳で、もう、仲が良いもんだから、これを馬鹿笑いしながら遣っている訳です。

日曜日、朝早く起きて、折角二人で集まっているのだから、と福沢諭吉先生の生家を訪おう、という話になり、車でいろんな話をしながら中津まで行きました。途中で教え子から電話が掛かって来たり、と、テンヤワンヤでしたが、それもまた喜ばしからずや、デシて、まあ、思いつきでどんどん進んで行った。

福沢諭吉先生の生家の記念館は二階建ての戸建住宅ほどの広さしかありませんでしたが、西山君も僕も、先生の資料や写真に食い入るように見入り、そこで1時間半も時間を過ごしました。

折角だからと中津城にも寄りましたが、そこは10分とも居ませんで、耶馬渓谷の大自然をドライブしながら、天瀬温泉の公衆露天風呂に入って互いの筋肉を自慢し合い、途中久留米で丸星ラーメンを食べて福岡に戻ってきました。

夜は、授業で生徒に英語好きになって貰いたいが、その為に何をしているか、という話になり、二人で洋楽をたくさん聴いて、一緒に歌いました。授業で掛けると生徒が盛り上がる曲、あるいは盛り上がらないけれどもアンコールリクエストが多い渋めの曲は何か、などの話をして、世の英語授業ではまず以て絶対に掛からない様なマイナーな曲で、けれども生徒がとても興味深く聴く曲を紹介したりしました。西山君は熱心にメモを取っていて、生徒達への愛情を深く感じました。

その後、家の近所には、大変美味しい個人経営の焼き肉屋さんがあり、そこの大将が出すハラミは僕が一等好んでいる肉なのですが、どうしても西山君に食べさせたくて、そこに出掛けて行きました。

肉は焼きすぎずにさっと焼き、その後、焼いた時間と同じくらい皿の上で寝かせると、肉から焼けた後の肉汁が滲み出して、肉が美味くなるんだ、塩は最初から振ってはいけませんで、これは食べる前に振ると好い、とかなんとかいう話をして、二人で美味いハラミを食べ、ビールを飲みました。

家に戻ると、そろそろ英語の話もしとかないと、英語から祟られましょう、という訳でもないけれども、まあ、何とは無しに、クリントン大統領が民主党の党大会でオバマ再選の応援演説をしたものがyoutubeにあって、それのスクリプトをみながら、二人で机について、それをみて、トレーニングをしました。
https://www.youtube.com/watch?v=i5knEXDsrL4

その際に、発音の仕方とか、どういう風に生徒に指導をすれば良いのか、というような話をしたり、英語の発話は力を抜いて話しているんだけれども、どうも日本人が発音する時には肩に力が入っている場合が多いから、リラックスして発音したことが良いことなどを話しました。発音がきちんとできることが英語として大事なのだ、という話で盛り上がった。英語教師が、英語の発音なぞ拙くて、生徒に示しが就かぬ、生徒に猜疑心を擡げさせぬには、英語の発音がきちんと出来る事は畢竟、英語教師の心得だ、と二人で納得しました。英語の音は子音で弾いて母音で抜く、という波形の話もその時にいたしました。

カクカクシカジかの話をし、私たちに英語の本質を授けて下さったKHシステムの国井先生と橋本先生の偉大さを二人で改めて感じ入って居りました。

http://www.amazon.co.jp/dp/4757403054/ref=pd_lpo_sbs_dp_ss_1?pf_rd_p=187205609&pf_rd_s=lpo-top-stripe&pf_rd_t=201&pf_rd_i=4757406207&pf_rd_m=AN1VRQENFRJN5&pf_rd_r=07XQ90WDY8Z2WKEAQJ7E

その後、自宅でワインを飲みながら、居間の梁にぶら下がったり腕立て伏せをするというような筋トレをしながら、その晩はじゃあ寝ましょうか、というんで、酔いに負けずにきちんと就寝し、今朝は朝から腹が減った、腹が減ったと言いながら、志賀島の潮見公園まで行って福岡を一望し、その後、僕が20年来通っている「味の正福」に彼を伴い、胡麻鯖定食と美味い卵焼きに舌鼓を打ちました。

その後、二人でジュンク堂に行き、本を買って、家で本を読み、その後、軽く談笑して、博多駅まで彼を送り、送別しました。

4月の29日に、博多で勉強会をしよう、という約束をしています。これに期待を込め、色々な学びを深めたい、という想いを込めて、勉強を深めて再会しようと約束しました。互いに新学期が始まり、慌ただしくなると思いますが、再会の時まで、しっかりと友情や交わりを深め、学びを深くし、共に愛情を持って交友を深めて行きたい、と気持ちを新たにしました。

既に、4/29の予定、5月に我が家に三名の志しある先生を招き勉強会、さらに八月には熱海にて勉強合宿を一泊二日で計画しています。合宿では、授業をお互いにして、褒め合い、その中で工夫や改善を話し合う、古典や漢文を輪読する(解釈や文法議論ではなく、音で古典漢文を楽しむ会:酒を呑みながら)、英語の文学作品を輪読する(これも、古典漢文輪読と同じ要領で車座に腰掛け、集まった人で英語を声に出して読んで行くのです)、英語でディスカッションする、などを計画しています。

賛同される方は是非参加して頂き、共に学びを深めたいと考えています。僕の方までメールを下さい。
dassenglish73@gmail.com

そういえば、先日、内田樹先生に、古典漢文の輪読をするんです、とメールをしたら、是非全国に輪を拡げてください、と励ましのお便りを戴きました。有り難い事です。

みなさんと学ぶ楽しさを味わいながら、良き学びの輪を作って行けたら、と願っています。

ではまた^^



2015年3月29日日曜日

有朋自遠方来、不亦楽乎

有朋自遠方来、不亦楽乎

京都から親友が泊まりに来て、随分と色々なことを話し込みました。教育について、語学について、授業について、生徒について、学びについて、教わる事について、身体について、古典について、宗教について、話は縦横に行交って、尽きる事がなく、眠気に飲み込まれる侭、そのままバタンキュー。良い宴でした。

彼との出会いはかれこれ8年来ということになりましょうか。お互いにブログなどを通じて知り合ったのだと記憶していますが、間三年ほどのブランクを経て、久し振りの再開、しかも我が家にお招きしてのロングセッションとなれば、本当に酒が不味かろうはずがない。

話はつきませんので、どんどん話す。話していると次々にトピックが継ぎ足されて、話がどんどん新しい展開を生む。展開を生んだら新たなトピックの据わり所が出来て、そこから新しい話題が、といった具合。

僕らが是々非々としているところは「好きなことを、好きなときに、好きなだけ」というモットーだけで、その他は後先なんか、ぜんぜん考えていない笑。

楽しければ良いんです。自分が楽しい事を、好きなだけ楽しんで、大声で笑う、これほど幸せな事はないのです。金なんかはないけれども、身一つ、学を為し、身体を鍛え、感覚を森羅万象に呼応できるよう研ぐ、というようなライフスタイルを由として暮らしているもの同士、気が合わないはずがありません。

お互い深酒をしたわけでもありませんが、今朝もきちんと六時半には、起こすとも起こされるともなく起床し、朝から二人で話が徐に始まる。良い朝です。

授業の手法等の勉強会を今日はやります。夜はその為にとっていますので、今日は彼と授業そのものについての色々なことを話します。来る4月29日に勉強会をする予定にしていますので、その事についても詰めねばいけない。あー、楽しい^^
勉強会の詳細はこちらです^^ 
皆さん、身一つで来てくださいね。

詳細はこちらです。

http://dassenglish.blogspot.jp/2015/03/blog-post_17.html

文言は厳しい事を書いていますが、取って食う訳で為し、楽しみながら、学びを深められたら、と思っています。

ではまた^^





2015年3月28日土曜日

「草枕」読了。

南区にある「坂井歯科」は僕がずっとお世話になっている歯医者さんで、僕の歯の事を誰よりも好く分かってくださってある先生。懇意に通わせて頂いている。十年来の通院でしょうか。


僕はサボリ癖があるもんだから、坂井先生、携帯にお電話を下さって、休むな、早く歯医者に来なさい、と矢の催促。逃げ回ってン数年、とうとう観念しまして笑、去年の下半期中頃から真面目に通院しています。


博多弁丸出しで、余計な事を仰らないとても素敵な先生。笑顔が素敵で、様々に造詣が深く、治療の合間の含嗽の折に、面白い話をしてくださいます。


今日は、大塚ムネトさんという俳優さんが運営なさってある「ギンギラ太陽'S」という劇団の事を教えてくださいました。ト申しますのも、僕が博多座公演「めんたいぴりり」を観に行って、非常に好かった、と興奮気味に語ったのがキッカケでした。


先生と奥様のお二人が僕の治療を仕手くださるのですが、今日は演劇話と博多弁について、話が咲きました。先生の寛い見識に頭が下がる想いがしました。


今日は歯の取り付けを仕手くださるとのことで、前回の治療時に、次回は1時間くらい掛かるから、との旨、告げられていましたので、自宅から「草枕」と「福翁自伝」の二冊を持参していました。


「草枕」は佳境に入っていましたので、治療のト中で、読了しました。読了後の判然としなさ加減は、狐につままれたようなものでしたが、巻末の解説を読み、これが漱石による文壇への批評の念を以て編まれた文である事が分かり、得心しました。なるほどね。


実は三日前に、ジュンク堂にて、漱石の「文学論」という分厚い本を上下二冊購入していました。中には数式の様なものと英文と難しい日本語がビッシリ書いてあり、活字慣れしていない人ですと、頭くらくら、胸がむかむか、としてくるような代物なのですが笑、その内容をパラパラと捲って、何が書いてあるんだろう、と思って少しだけ齧り読んで居たのです。


そこには、小説という藝術はいかなるものなのか、という事が明晰な分析と、知的な論理展開により、複雑且つ詳らかに、漱石流に解析されていました。うわー、なんか、俺、すごいもの、家に連れて来ちゃったなー、と苦笑いしてしまいましたが、致し方あるまい笑。まぁ、もう貰って来たのだから、メンドウをみてやらないと行けない、という訳で、元々、僕は世話焼きだろうし、マァ、何とかなるだろう、と思い、デスクの脇に、ぽんと置きました。


「草枕」の解説の中に、漱石が明治の文壇では「余裕派」と呼ばれており、その当時は一般に大変な人気を博していた所為か、彼の書いた小説は文学的な評価をきちんと受けてはいなかったと書いてありました。アラァ、そうだったんだ、と、僕はそんなことを知らなかったので、驚きました。僕は芭蕉が大変な著名人で、江戸の人気者だった、ということと重ねて、これだけ普く読まれているわけだし、お札の顔にもなるぐらいだから、吃と漱石も其れ相応な評価を受けてしかるべき、と受け止めていたのです。そうではなかったんですね。


その当時の小説家達がフランス文壇の「写実主義」の熱病に冒されて、濛昧的にスタイルや様式を敷いて、模倣以上の何かを作ろうと心血を注いだことに対するアンチテーゼの様な書き方で、漱石は「草枕」を筆した、と解説者の柄谷行人先生は書いて居られます。


その実、「草枕」発表の後、自己弁護的に、この小説の意義と位置づけ、並びに明治の文壇の主流を為す理念や論理風潮を痛烈に批判する意味で、この小説を書いたことが、同解説にて詳らかにされていました。


漱石が東大で行なった講義を「文学論」として文章に纏めたかったのも、彼の作家気質というよりは、日本の文学に根を下ろすものを、西洋の其れに感けて辱めてはいけない、という、学者であり教師であり、古典漢文の素養を全身で表現した表現者である漱石の面目如実と云ったところなのでしょう。うーむ、なんだか難しくなってきた笑。


僕はただの読者なので、あまり小難しいことを考えながら、意義を見いだす為に小説を読む事はバカバカしいな、と思っています。だから、筋を追って、中身に感嘆すればそれでよろしいと思っていますが、漱石は草枕の中で、小説というのは、そういうものなのだよ、と書いてくれていて、僕はとても気持ちが温かくなりました。なんだ、気楽な気持ちで読んで良いんじゃん、って笑。


那美さん、という女性が出て来て、主人公の絵描きと会話をする場面があります。そこで、絵描きの青年男性が小説をチラ読みしているんです。そこで、なんの話を読んでいるのか、と那美さんは尋ねますが、ただ読んでいるだけで、筋なんかどうでも良いんだ、と青年は言い放ちます。小説なんて、所詮そんなもんなんだよ、って。どこから読もうが、良いんだ、って書いています。


じゃあ筋はなくても良いのか、って話に成りますが、それはそうではなくて、その後の漱石の作品が全て草枕的なのか、と云えば、そうではありません。全て緻密に計算された筋で以て話が進行していくものばかりです。


さて、土曜日の朝から読む様な内容ではありませんので、この辺で閉じますが笑、子どもの頃に夢中になって読んだ「坊ちゃん」や「我が輩は猫である」「それから」「こころ」「三四郎」などをもう一度読み返してみたい、と思いました。


子どもの頃に「草枕を読め」だの、「虞美人草が良いから読みなさい」と云われていたら、漱石の本が嫌いになっていたと思います笑。


さて、草枕が終わりましたので、存分に福翁自伝に感けることが出来ます。楽しいです。


皆さん、良い週末を^^


ではまた^^

2015年3月26日木曜日

外国語学習覚え書き


ラテン語の勉強をしていて、外国語を学ぶ時の身体感覚について、考える機会ができました。20代後半から30代前後半に掛けて、英語を我武者らに勉強していた時の身体感覚を身体が憶えていて、大体このような感じになるのではないか、とラテン語学習を通じて再確認しています。


僕は先ず、興味があるもの、面白そうだ、と自分が感じたものに飛びつきます。そして、マァ素人ですから、オイソレと直ぐにできはしないのですが、取り敢えず自分の興味関心の根が張って落ち着いて来るまで、ひたすら夢中になります。


そうすると、ただ夢中なだけでは、それ以上前に進めなくなることが分かって来るんです。ハハァん、このゲームにはルールがあるのだな、と気づくんです。


そうしてから、じゃあそのルールに少しずつ向き合いましょうか、という手合いになり、ルールを学び始める。そして、ルールブックに則るものは、トニカクひたすらコピーして真似をする、という塩梅です。


この作業を繰り返していると、ある日突然、breakthroughが起こる時が来る。


あ、なんか、分かる、と身体で理解できていることが認識される。


そののちは、大量にゲームをプレーして経験を積む、という流れになるのです。


これが僕が英語を勉強していた時に身につけた外国語学習の身体感覚です。僕は何語を勉強するにしても、このやり方を全て踏襲するようにしています。


ボサノバというブラジルの音楽がありまして、ジョアンジルベルトという翁の曲を随分と繰り返し聴きましたが、ポルトガル語なんか、ちっとも分からない。ケレドも、ジョアン翁の爪弾く美しいギターの旋律とともに発せられる美しいポルトガル語の響きに惹き付けられ、止せば良いのに、ポルトガル語を少し勉強したことがあります。20代の後半だったと思う。


初めはこっちは勉強なんて思っていない。トニカク、ジョアン翁のようなカッコいい唄い方でボサノバを唄ってみたいものだ、というただその一心で、ひたすら曲を掛け、歌詞カードを見ながら真似て唄う、の繰り返し。


その後、どんな意味なんだろう、と気になり出して、歌詞の和訳を読んでみる。そうこうしているうちに、この語の和訳はこれだから、おそらくこの語は、なになにそれがし、という意味なんでしょう、と渡りをつける。


すると、今度は語順が気になり出す。これでは埒があかないという訳で、いよいよ文法書を買おう、辞書を買おう、という話に成る。そして毎日、兎に角音声を聞き、それを真似て発音し、帳面に例文や単語をひたすら書き綴ってポルトガル語を憶えていく、という次第です。


終ぞポルトガル語はものになりませんでした。時間を大層掛ける暇を惜しむ気持ちに掛けていたのか知らん。腰を据え、性根を降ろしてやっておけば少しは分かるようにはなったでしょう。

また、思い返せば、中学二年生の折、物故のMichael Jackson氏が来日公演を行って居り、僕は塾帰り、テレビジョンでその踊る様を観て、氏の虜となり、上述と同様の手法で、ただひたすら、マイケル氏の歌真似を延々繰り返し、辞書を引いて歌詞を和訳し、諳んじて憶えたのが英語学習事始めです。


今、ラテン語、漢文を勉強しています。マァ、これは純然たる趣味なので、勉強というほど高尚に呼ぶと厚顔が過ぎまス。ですが、先に云ったポルトガル語の例がピタリと当て嵌まる。なるほど、外国語は先ず、興味を持ち、夢中になってそれと遊び、その後、遊びのルールを学び、さらにルールが分かったらひたすら繰り返し稽古をする、という過程が一等しっくりと来て、習得が早いのだな、とラテン語を勉強しながら思った次第です。


英語を生徒に教える時、この「言葉と遊ぶ」ことを端折り、「ゲームのルール」から入る。子どもはゲームなぞ、したこともないのに、このゲームをしなさい、と首輪を掛けられ、ひたすらゲームに有用なアイテムを憶えさせられる。なんのことはない、これでは外国語に慣れ親しむのに片落ちなのではないか、と、僕はフト考えました。


外国語の美しさや響き、言葉の妙に胸焼かれるとき、恋の桃色に似て、心は高揚し、居ても立っても居られぬような、やっきもっきとした気持ちが心に溢れ出す。そんな甘い蜜のような経験がなければ、ナカナカ外国語を一生懸命に勉強したい、とは思わないのではないか、と僕自身の外国語学習経験を通して考え直しているところです。


楽しい事は続けたいけれども、楽しくない事はなかなかどうして、続きません。楽しい、面白い、知りたい、やってみたい、という気持ちを、生徒達の心に醸造せしめ、横溢させしむる為に、仕事の遣り方を考え直してみたい、と僕はラテン語の勉強をしながら思いました。


Omnes beati esse cupint. 人はみな幸せになりたいと思う。



ではまた^^

2015年3月25日水曜日

不倫はいけない。

同級生が栄転と成り、上京が決まりました。昨晩はその餞の宴があり、別の同級生が経営する居酒屋で酒を呑みました。


中々良い会で、同級生たちと久方振りの再会と、暫しの別れを惜しみました。帰りシナ、タクシーに相乗りしまして、僕は方角が違いましたので、自宅寄り三駅手前で降ろして貰い、徒歩40分歩いて帰りました。


今朝は寝坊して6:50amに起きました。


さてさて。僕は出掛けるとき、必ずコートのポッケに文庫本を持って行きます。マア、今読んでいるものを大抵は忍ばせる訳ですが、今は草枕か、福翁自伝かの何れかを持って行くようにしています。


外出する時に持って行く本は、小難しい本は向かない。物の哲学書や思想書は読んでいても頭に這入ってきません。其れこそ、バートランドラッセルの哲学入門や、ロランバルトのエクリチュールの零度なんかは、持って行って読んだ所で、マッタく頭に這入らない。考えても考えても、気が散っていけないので、こういうのはあまりお勧め出来ない。


痛快で、小気味良い筆致や文体で書かれた物をニヤニヤしながら読むのが一等向いています。そういう意味では、小説やエッセイは外出の伴には打って付けです。


この頃は、福沢諭吉さんの福翁自伝にすっかりはまり込んでしまい、どこへ出掛けるにもこればかり読んでしまう。内容が痛快愉快この上ないのです。


本は何の事はない、ベンジャミンフランクリン自伝と同じ様なもので、本人が生まれて、どこそこで成長して、功を為し名を遂げ、という話が展開されて行くのですが、普通の
自伝と決定的に違う所は、諭吉本人の性格や気質です。


彼、壱萬円札の顔になってますけれども、世間で捉えられてるイメージは、彼本来のヒトとなりとズレているんじゃないか、と僕は思います。


諭吉、punkerです笑。いや、ほんとに笑。punkerrevolutionaryで、誠実で、真直ぐなヒトです。子どもです。大酒飲みです。


性格は真面目で勤勉だったことが本の内容から伺えますが、言動はパンクそのものです。人に媚び諂ったり、おべっかを使ったり、顔色をうかがったり一切しない。


自分の信ずる事、感じた事に素直に行動する。その実、波風を立てたり、喧嘩をしたり、人の悪口を言ったりして、周囲に諍いを起こす様なマネはけしてしない様なバランス感覚に優れている。でも、威張っている人や間抜けを、ホールデンコーンフィールドのように小馬鹿にしてる。そこがこの上なく気持ちいい。胸がスットするんです、読んでいると笑。


「ライ麦畑でつかまえて」を読んでいると、ホールデンの社会不適応さ加減故の、彼の出鱈目な口調や行動に目が離せなくなり、あー、もう、どうすんの、この人、と思いながら物語にグイグイ引き込まれて行きますよね。あれに似た感覚。でも、福沢の物語がホールデンのそれと違うのは、これは実際に起こった出来事や本人がした事が、多少の脚色を本人の筆で交えて書かれている点です。


地下鉄の中で、諭吉の行動にどんどん引き込まれる。読んでいると、あまりの荒唐無稽さぶりに、ニヤケが止まらない笑。あー、この人、どうすんの、どうすんの、と思いながらどんどんページを捲って行く。昨晩は、宴会に行くのに博多駅で降りねば成らぬところを、余りにも筋に引き込まれてしまい、危うく東比恵まで乗り過ごしてしまうところでした笑。


これは冒頭に出てくる、諭吉少年時代の一節ですが、彼の怖いもの知らずさや、物怖じせず、なにものにも動じない気質が感じられる逸話です。


「ソレカラ一つも二つも年を取れば、おのずから度胸も好くなったとみえて、年寄などの話にする神罰冥罰なんということは大嘘だと独り自ら信じ切って、今度は一つ稲荷様を見てやろうという野心を起こして、私の養子になっていた叔父様の家の稲荷の社の中には何が這入っているか知らぬと明けてみたら、石が這入っているから、その石を打っ棄ってってしまって、代わりの石を拾うて入れて置き、また隣家の下村という屋敷の稲荷様を明けて見れば、神体は何かの木の札で、これも取って捨ててしまい平気な顔をしていると、間もなく初午になって幟を立てたり太鼓を叩いたり御神酒を上げてワイ〃しているから、私は可笑しい。「馬鹿め、乃公(おれ)の入れて置いた石に御神酒を上げて拝んでいるとは面白い」と、独りうれしがっていたというような訳けで、幼少の時から神様が怖いだの仏様が難有いだのということは一寸(ちょい)ともない。占い呪い一切不信仰で、狐狸が付くというようなことは初めから馬鹿にして少しも信じない。子どもながらも精神は誠にカラリとしたものでした。」


この他に、世話になっている長崎の屋敷の人を騙して大分に戻ったり、金がないものだから、船頭を騙して下関まで渡ったり、痛快なエピソードがどんどん羅列されて行きます。しかし、行間を読みますと、本人は至極真面目、言いつけられた仕事は何でもこなしますし、家事雑用は見事なまでに長けています。捌ける人なんですねぇ。


大工仕事や修繕修理は当たり前、請われた仕事は何でもスイスイ片付けてしまう。器用この上ない。無駄口をきく訳でもなく、スッとやる。


勉強に関しても猛烈に勉強します。あるとき、長崎で世話になっていた人が大分に訪ねて来るのですが、その人は大金持ちで、当時は舶来品だった洋書の原書を大金を出して購入し、諭吉に見せるのです。中身は築城の書、要塞を作るオランダの本なのですが、諭吉はこれが読みたくてたまらない。しかし、先方も大金を叩いて買った洋書、そう簡単に見せる訳でもない。そこで、企てて、諭吉はその人に上手い事言いくるめてその本を借ります。借りて、昼夜を徹して寝る間も惜しまず、只管盗み書きします。盗写と諭吉は書いていますが、当時はコピー機もない時代。この本を何としても読みたい!という諭吉の情熱が、彼の行動の記述から迸るのです。


この本が読者に取って痛快なのは、この本が功為し名を遂げた人の自慢話くさくないところです。ぜんぜんそんな嫌らしいスノビッシュな雰囲気がない。俺はこんな努力を惜しまなかったんだ、という書き方ではなく、もうさ、俺、この本が読みたくて読みたくて、溜まらないわけよ、だからね、このおっさんをなんとか言いくるめてだまくらかしてさ、んで、務めもあるから、なんとか時間をやりくりしてさ、バレちゃいけないしさ、もう大変でさー、なんていう筆致でこの盗写の様子を振り返るのです。


子どもっぽいというか、情熱的というか、そういう所に惹かれるんです。小利口になり、賢しらに埃を払う如く無茶や無鉄砲を冷笑する嫌いは、ここには微塵も感じられない。そういう諭吉の破天荒さと、彼がその後に為した事に目をやると、この福翁自伝、胸に迫るものがあります。


草枕は佳境に入っています。もうすぐ物語が閉じます。草枕は文学作品なので、表現や筆致が非常に美しい。しかも漱石の豊潤な語彙と名人芸の文体のせいで、これは、マア、できれば全身で言葉を浴びたい。だからノートにも美しい文を書き写したいと思うので、地下鉄で読むには向かないのです。

諭吉の話に感けて、他の本を忘れてしまいます笑。

不倫はいけません笑


ではまた^^




追記:同級生から、明治の先達や維新の徒が起こし、信じていた思想信条をフリーハンドで礼賛するのは危ないよ、これが第二次世界大戦に至るまでの礎石になってるんだから、とご助言頂きました。友達に感謝し、僕が読んでいる物をどのように捉えているか、歴史的な観点からは一旦離れて、作品を読んでいる事、当今の政治や歴史認識の其れとは一端はなれている事を情理を尽くして説明しました。

 お断りしておきますが、明治の志士が成し遂げた志を持って、今の世直しをしようなどという不埒な事は一切考えていません。成熟し切った民主主義や国民国家解体の流れがいくら世の趨勢とは云え、時代や置かれている状況が違い過ぎます。それは乱暴というものです。これについて述べ出すと長くなりますので、酒を呑んだ時にでも話します。

2015年3月24日火曜日

恋は桃色

「神の御業は時に適って美しい」とはソロモン王の詩で、コヘレトの言葉として、旧約聖書に載っていますが、この言葉は生きているうちに、何度も何度も実感される言葉だからこそ、偉大なのだと思います。


今、遠くに住んでいる親友と、毎朝、毎晩、色々な事をやり取りしています。そのダイアローグの中で気づかされる事、学ばされる事がたくさんあるのです。


お互いに話す内容は、今日はなにがしの本を読んだ、だの、どの節が良かっただの、あの漢詩は本当に良い、だの、あの小説のどこそこが良いんだ、などという趣味の世界の他愛もない話なのですが、その話も縦横無尽に脱線しまくって、結局なんの話だったっけ、と忘れてしまう事もしばしばです。


親友と話す時に、親友が言った事に対して、それは新約聖書に書いてあるよ、と言って節を引用した事があるのですが、それが高じてなのか知らん、自分はクリスチャンなのに、学校の務め以外、自宅で聖書を読む機会が減ったな、と感じ、良い機会だからと思い立って、聖書を読み、英語で筆写することにしました。


僕は自分でノートを2冊作っていて、1冊は英語の英文の筆写とか、まとまった文献の要約とか、新しい単語を見つけたらそういうのを書いたりとか、色々雑記するようにしています。


もう1冊は、日本語版。これは古典、漢文、詩、俳句、小説の一節、なんでも良いんですけど、美しいな、素敵だな、と思う文章をどんどん乱書していくんです。理由なき乱書。


それで、ここ暫くは日本語の美しさに圧倒され、心から打ちのめされていましたので、親友と芭蕉は偉大だ、とか、漱石の一節がどうの、とか、論語が良いんだ、とか、俺は李白と亀仙人とバックトゥザフューチャーのドクが全部混じったようなおじちゃんになりたいんだ、とか訳の分からない事を言いながら漢詩を綴ったり、俳句を作ったりしておりました。


英語の方がヤキモチを妬きまして、たまには相手にしてよ、と呼んだ気がしたので、論語を英語で筆写しつつ、ああ、そうか、家にギデオンの日英聖書あったよね、と思いながら、親友に贈った聖句を筆写することにしました。山上の垂訓のところですね。マタイによる福音書。


そういえば、と又思い出して点と点が線で結ばれる。学校で机の片付けをしていたら、大学生の時に履修していたラテン語の教科書が出て来た。その横には、僕が何時買ったか覚えていないのですが、かなり若い頃にカソリックの教会の売店で購入したラテン語の聖書が置いてあった。何かの役に立つか知らん、と思い、自宅に持ち帰っておりましたが、英語で聖句を筆写する際に、じゃあ一つ、ラテン語でもやってみようかね、と思い、徐にラテン語で聖句を筆写しておりました。


何やら六つかしい事で、単語やら意味やらも文法も分からん。何が書いてあるんだろうと思い、気になり出して、辞書を引きながら、ああ、なるほど、なるほど、と思いながらひたすら書き写しました。


3日間ほど作業をやっていると、ムズムズしてきた。おっ、おいでなすったな、と独り、やれやれと思う気持ちと、まぁ仕方がないか、というあきらめの気持ちでほくそ笑みました。僕の悪い癖で、一旦好きになったらマッシグラ、惚れたが負けよ、アップップ、なのです。


ラテン語の文法書を読み進め始めたんです、止せば良いのに。すると、もう止まらない。止める事が自分でもできない。


ネットでラテン文法、と検索をかけると、有り難い世の中で、数カ所、ラテン文法を解説してくださってあるページに遭遇。食い入るように読み込み、ノートにそれをまとめる。


こんなことをして、誰が得するかも、何の役に立つのかも分からない。でも、身体が勝手に動いてしまうのだから、仕方がない。


大学生の頃はさっぱり分からなかったラテン文法も、良い意味での「大人目線」フィルターを通して見るので、素直かつ冷静に入って来る。ああ、なるほど、なるほど!と思いながらノートに書き留め、書き留めたものを自分でもう一度復習って、また書く、の繰り返し。


気がつけば時間が経っていて、俺、何やってんだろ、と苦笑い。


毎朝、毎晩、決まった時間に寝起きして、決まった事をやって、身体を動かして、机に向かって寝る、っていう、それこそヘンリーディヴィッドソローみたいな森の生活の様な毎日を送っていますが、胸や心は、毎暁、もう、恋いこがれる気持ちに似て、ぎゅっと摑まれ続けているのです。


恋は盲目とは良く言ったもので笑。
長生きすると、良いことありますね^^

昨晩酒に酔って、ワイングラスに注がれた赤を眺めて出しました。

房を見ぬ 赤に溺すと 葡萄さけ 十督

ではまた^^

2015年3月21日土曜日

ヨーロッパ映画について

今年に入り、1月2月と随分と欧州の映画を観ました。ヨーロッパの映画はキリスト教の影響を、濃淡に関わらず受けていると思っていましたので、何故そのような終わり方になるのか、どうしてそのような展開になるのかをずっと考えたりしていました。

自分なりにある結論に至ったのですが、ヨーロッパ人にとって、どのように人生を捉えているか、という問題がどうしても頭から離れませんでした。

キリスト教の人生には、輪廻転生の考え方はありませんから、人間は生まれたら死まで一直線で、天に召されればそのまま二度と帰って来ない、という考え方が根底にあります。大雑把に言えば、ですけどね。叱られそうだけど。

仏教の考え方は基本的に輪廻が基準ですから、死ねば生まれ変わる、と思っている。死んでしまうと別のものになってしまうからこそ、今しかない浮き世は儚いと閑雅て要るんじゃないか。僕はそう思ったんですね。侘びとか寂びとかの観念もそこに帰属しているんじゃないか、と日本映画とヨーロッパ映画を交互にみながら考えていたんです。

たとえばフランスの映画を観ていて、これはもう、何でも良いんですけど、ゴダールだろうが、ジャックタチでも良いけど、映画の筋とはぜんぜん関係ないきれいな風景とか、アートになる様な景色とか、そういうのがパッて挿入されるんですよ。高校生とか大学生の時にこれがさっぱり分からなかった。なんで筋と関係のない画を入れる必要が有るんだろ、って。向田邦子のドラマとか、橋田壽賀子のドラマだったら、考えられないことです。だって、それは筋とは無関係ですから。

でも、ヨーロッパの映画って、必ず入る。何故だろう、って。考えたんです。

死生観みたいなものが「人生一度きり。」”You only live once!”だからこそ、人生そのものの虚しさみたいな観念がグルッと一回転して、カルナバルだ!ってラテン人達は考えたんじゃないか、と僕は思ったんです。美ーエロティシズムー死、ていう観念は一直線で繋がってるんだ、って大学生の頃ジョルジュバタイユの本に書いてあるのを読んだんですけど、ぜんぜん意味が分からなかった。それを三島由紀夫さんが、俺はそういうのを掘り下げて作品を作ってるんだ、って言って、ラディゲの死とか、サド公爵夫人とかをご自身で解説なさってあるのを読んで、ぜんぜん意味が分からなかった。え、なに言ってるの、って。

ところが、齢四十一にして、ここに来て、ああ、ってなった事があるんです。なるほどね、と。

僕らが英語の時間に時制を教える時に、時間軸を左から右に矢印で引いて教えます。あれを何百回とやっていて、その時には考えもしなかったんですけど、ヨーロッパ映画を観てて、ああ!って膝を打ったんです。ユリイカ!ってこう言う時に言うんだ、ってそのとき思いました笑。

ハイデガーの時間と存在って、これまた小難しい哲学書が有って、これも大学生の時分、背伸びして一生懸命読みましたけど、ぜんぜんその時は意味が分からなかった。でも、全ての過去のdotsconnectする時が有るんだな、って実感を伴って分かった気がしたんです。

人生は直線上に左から右に時間が流れ、その後、死が訪れて、天に召される。この流れが前提にあるとすると、生きる事に執着しないと、天国に逝ってしまっては後の祭りだ、っていう考えがまずあって、その上で、だからこそ、生きてるうちに生に執着するんだ、っていう無意識の概念が身体化されてるんじゃないか、だから映画も芸術も生活もあんな風になるんじゃないか、と僕はぼんやり考えたんです。

たとえばヨーロッパを旅行するとどこの国の彫像も、男は筋肉ムキムキでマッチョを極めてますし、女性の裸体の絵や彫刻はわんさかあります。子どもも大人もそれが当たり前だと思って、そういう芸術品が無造作にポンポン置いてある。

これは、生きることに執着すると、逞しさを極めたものこそが、もっとも生きる力があり、生命力で満ちているんだ、という象徴として、そういうものに美を求めた事の帰結なのではないか、と僕は考えたんです。そう考えると自然に、ああ、なるほどね、って。

また、裸体は性に対する執着です。性は命の誕生に繋がる行為ですから、もっとも美しい裸こそが美しい生命を宿すのに相応しい、と彼の国の人々は観念したのではなかろうか、と僕は考えたんです。

死して天人と成る前に、生きる事に執着し続け、人生を謳歌することこそ、もっとも美しい生き方なのだ、と。だからヨーロッパ人は基本的に我がままなんだろうし、生活の中に美を意識し、取り入れるんだな、と考えを新たにしました。

たとえばファッションにしてもそうです。儚い流行のサイクルみたいなものがあって、パリコレみたいなものも、季節ごと、年ごとにトレンドがどんどん取って代わられる。それは単純にオルタナティブが先行者を取り替える、ということではなく、生きる事に執着するが故の、美への飽くなき追求の一端なんじゃないか、と僕は思ったんです。

だから話の筋とは関係ない美しいものが画像に取り込まれていても映画がきちんと成立する。生きることへの執着そのものが人生讃歌なのだ、と考えている人たちに取って、なんら不自然はないのだと思います。根拠もヘチマもない考えで申し訳ないんだけど、こんな風に思ってヨーロッパ映画を観ると、妙に納得してしまうんです笑。

逆に日本映画は侘び寂びみたいなものがここ彼処にあって、美しかったり、感情の高まりみたいなものの描き方が剥き出しになっては出て来ない。それこそ、谷崎潤一郎さんの言葉を借りるまでもなく、十言う所を七しか言わない、チラリズムのようなスタイルで、人生を描き出す。その、微かにしか現れて来ない美しさとか、儚さみたいなものに、我々日本人はアワレを憶える。それがDNAに組み込まれてるんじゃないか、と錯覚してしまうほど、映画で描かれるわびしさの中に美しさが在する部分と、観ている物が心の琴線の弦を共鳴する箇所がピタッと一致する。そんな気がしているんです。

輪廻転生は人生がぐるぐるっと一回転してまた振り出しに戻る、っていう観念ですから、死んでも帰ってくる、っていう発想でしょ。そうすると、生きているうちに人生を謳歌する手法として、美を全面に打ち立てたり、強さを誇る事、あるいはエロティシズムが露骨に剥き出しになることを佳しとしない嫌いがあるんじゃないか、と僕は考えるんです。

だって、生きてるうちにそんなものにしがみついたって、どうせ死んじゃうし、死んだら死んだで、成仏しても、別物になって、はい、ってまた生まれ変わるんですから。その、儚き一時の中、虚しき世の中に僅かながらに在する美に萌えを抱く気持ちが、私たちの中にはある。

これは「北のカナリヤ」っていう吉永小百合さんの映画を観ていて思った事でした。ああ、これって二十四の瞳と同じ様なモティーフを持ってるんじゃないかな、って。

簡単に筋をお話しますと、吉永小百合さんは島の分校の新任教師で、ご夫婦で赴任して来られて、子ども達に合唱を教え、コミュニケーション能力のない子どもの歌の才を見抜き、その子が立派に歌えるように教え育てます。その時の合唱の仲間はその小さな学校の子ども達全員なんですけれども、吉永さんは島の妻のある男性と不倫をしてしまい、旦那さんは自殺をして、島を追い出されてしまう。悲惨極まりますね。

その後、数十年を経て、ある日、コミュニケーション能力がなかった子どもも立派に就職しているのですが、なにぶん、色々と難しい生き方を強いられてて、ある日、人殺しをしてしまう。捜査の手が吉永さんにも及びます。犯人の青年に綴った手紙から刑事が捜査にくるのです。

青年はとうとう、元の島で逮捕されることになる。しかし、彼が逮捕される前に吉永さんが刑事さんに頼むんです。時間を下さい、って。その後、警察が見守る中、かつての合唱のメンバーが、彼の連行の前に、一緒に成って昔の合唱を唄って物語は終わります。

どこにも救いがないんじゃないか、って暗澹たる気持ちになるくらい暗いんですけど、この最後の、ちょっとだけ幸せな感じがほんのり残る感じこそ、日本人の持つ「もののあはれ」の観念の現れなんじゃないか、と僕は考えたんです。

二十四の瞳も、戦前戦後を経て、成長する子ども達、大人の子ども達に対する想い、平和への願いが込められていますが、事の悲惨さは北のカナリヤと同じです。大人になって再会しても、死んだ人がいたり、生活が立ち行かなかったりで、ぜんぜん救いがない。でも、再会できたメンバーで旧知を温め合う、っていう仄かな、おおよそ救いとは呼べないんじゃないか、ってくらいのちょこっとだけ幸せな一場面が、遠慮がちに添えられるだけです。

アワレ、ですよね。これは色々な漢字に置き換えて考えても、全部意味が成立する。憐れ、哀れ、矜れ、何でも良いけど、死や悲惨さの中に希望を失わない、というか、ほんのり微かに見え隠れする美みたいなものに希望を見いだす文脈が敷かれたものを佳しとするというか。

こんな風に考えられるようになって、僕は高校生の時に友達と観て、ぜんぜん意味が分からなかった映画を見返してみようと思っています。

フェリーニとかゴダールの映画にも、そういう意味もあったのか知らん。よう知らんけど笑。

ではまた^^


良い週末を^^

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