2015年3月7日土曜日

亀山社中を戴く。

朝から長崎へ。亀山社中をどうしても訪問したくなったのである。


亀山社中については、以下のWikipediaを参照してくださいね^^


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%B7%E6%8F%B4%E9%9A%8A


先日から、夏目漱石、谷崎潤一郎と平行して読んでいて、幕末の事、明治の事がどうしても気になり出したからかもしれない。何故それが坂本龍馬と結びつくのかは自分でもよくわからなかったのだが、明治が始まった時の様子や、幕末のこと、さらには異国からの文化や技術、政治的な思想などの名残を戴く場所で、手近なところは長崎だったから、という自分の直感に従った由なのだろうか。分からない。


神戸や横浜に行きたい。行けば何かが摑めるかもしれない。神戸や横浜へは数度足を運んでは居るが、史跡をゆっくりと巡る時間はいつもないままになっていた。


先ずは近場で、という浅はかな直感が導くまま、長崎の地へ向かった。


亀山社中を訪ねるにあたり、どうしても気になっていたのは原爆の影響だ。原爆の被害を免れ得ることがあるのだろうか。それが気に掛かって仕方がなかった。


記念館の方にその事を尋ねる。爆心地より山を隔てた所にある亀山の地は、風速40mほどの被害は受けたが、万事無事だったそうである。しかし、当の亀山社中そのものが現存していた訳ではなく、ここに亀山社中が恐らく在ったであろう、という地に復元されたものらしい。


それが贋物か本物かの真偽はどうでもよろしい。その地のその付近で、幕末の士が世の中を変える、日本を動かす、という気鋭で立ち働いた場所に身を置く、という心持ちが、精神を鼓舞し、心根を暖めるのだ。


亀山社中記念館に這入る。中は龍馬や妻お龍の遺品、亀山社中設立時の文章の複製、海援隊結成時決起文の複製、龍馬の書簡の複製などが残されていた。


日本はこのままではダメになってしまうかもしれない、日本は世界の中で遅れている、このままではダメだ、と憶っていた人は、何も今に始まった訳ではなく、およそ200年も前から居た訳である。(こういうと、「日本はこのままではダメだ」論は幕末に起こった、という誤解を招くかもしれない。件の論は、何も今に始まった訳ではなく、律令政治その時代から既に多くの日本知識人に危惧されていた事である。日本人は、基本的に「このままではダメだ」という気持ちを持ちながら毎日仕事をしたり、生きることが身体化されているのかもしれない。島国に生きる民のDNA内の、生命維持装置としてのサバイバルテクニックか?よう知らんけど。)

龍馬のどのへんに何かを抱くかは個人それぞれの趣向や思想に依って様々であろう。大事なのは、これらの偉業を成し遂げたその人を戴き、自分の中にある同じ様な熱く燻る何かを結実化せしめんと希求する精神なのではないか。そう、ふと憶ったりした。

「日本を今一度せんたくいたし申し候(龍馬書簡)」

元気の出る言葉ではないか。吉田松陰に端を発した日本立国の指針は、勝海舟らに依るその後の奔走、龍馬らによる諸活動により、明治の立国に結実し、その後の我が国の繁栄を齎した事は記憶に留めて猶有り余る偉業である。

日本の為に働いた人を憶えば、自分の日々の何がしかの生きようも又、同じベクトルを向いているはずなのかもしれない、と淡い期待を抱いた。

来年、いっぱい頑張ろ^^

ではまた^^




2015年3月6日金曜日

ブルームバーグの記事について

内田樹先生のブログが更新されていて、久方ぶりに拝読させていただいた。
bloombergに寄稿している米国人大学准教授の記事が面白い。日本についての記事をいくつか書いており、勉強になる。

しばらくこの読み物を基軸にし、米国メディアの記事を閲読していきたい。

http://www.bloombergview.com/contributors/noah-smith

内田センセが書いて居られた記事はこちら。

http://www.bloombergview.com/articles/2015-02-20/japan-s-constitutional-change-is-move-toward-autocracy

中身の日本語が知りたい方は内田センセのブログにあるのでこちら。

http://blog.tatsuru.com/2015/02/25_1234.php


今日は送別会等があるので、長い記事は書けない。今読んでいる物と新たに読みたくなる物がこれでもかと溢流し、翻弄されている笑。整理せねば、ね^^;

では、また。みなさん、良い週末を。

「ありませんことはありませんのであります」という日本語について、読む

谷崎潤一郎の「陰影礼賛」中に収録されていた「現代口語文の欠点について」という章を読む。谷崎さんの分析が的確過ぎて、唸るばかり。古典や現代小説(といっても明治〜昭和期だけど)の一節を引き、時には漢文の一節を例解しながら、現代口語の虚をつく文章。筆致は読み易く、現代の私たちにも十分に理解しうる内容。とても良い。


話は縦横無尽に行交うが、谷崎さんご自身が率直に思っておられたことを、どんどん気の衒いもなく、ある時はコミカルに、またある時は真面目に書いている。


谷崎さんは東京の人なので、文章の底流には江戸っ児のべらんめぇ魂が炸裂しまくっていて、読む物を軽快な気持ちにさせて小気味良い。


立川談志師匠が真面目に日本語表現についての話をなさってあるような趣、と言えば分かり易いでしょうか。


日本語について、平安時代から江戸、明治にかけての文体の変遷、貴族の持つエクリチュールによる尊敬語と謙譲語の使い分け、動詞そのものによって主語を落とし、文末によってその文章が話される人称を使い分ける日本語の妙について、また西洋語(主に英語)との違いについて、実に明確かつ単純に分かり易く解説が施されている。


「のである」という語尾がいつ頃から使われるようになったかに端を発し、この語尾が地方から上京した人々が、遡上を出さぬよう丁寧表現を用いるようになってから使われるようになった、ということが書かれている。これは江戸の言葉ではない、と。江戸っ児である谷崎さんはこの語尾に違和感を憶えていたらしく、少年期に麻布中学校長の江原素六の講演を聴き、幕末の臣でありながら、話される言葉がべらんめぇ調に基調されていたことに安堵を憶えたらしい。うーむ、この辺からどんどん面白くなってくる。


日本語はもっと自由な表現で、もっと便利な言葉だったはずなのだから、漢文調や、コロキアル一辺倒、語尾の統一感などに捕われず、もっと伸びやか且つしなやかに表現されるべきなのではないか、と谷崎さんは舌鋒鋭い。


平安末期の和漢混交体とともに、明治維新以来の文人の口語体による創作を谷崎さんは賞賛している。その上で、文芸復古に置ける旧套脱皮運動の伝統を経て若々しい文体が生まれ育つ事を勘定に入れて猶、立ち止まって今一度温故に知を新たにすべきではないか、と問題提起を行なっているのである。ひとり言のように。


谷崎さんは幸田露伴を師と仰ぎ見て取れる節を書いているが、幸田露伴の文章の1センテンスが長いこと、明治期から大正期に掛けての作家の文体が短く”S+V+O”に紋切り型化していること、前者が西洋化せずに文体筆致が日本語の盤石な基盤から起こされていることを、「日本語に関係代名詞のような便利な表現がない為だ」と指摘する。深い。


中盤は外国語の文学に関して、日本語との主語の使い方の違いについて書かれている。この辺は、日本がlow contextな文化であるのに対し、西洋がhigh contextな文化に依拠して文体が編まれ、その差異がもどかしい事を丁寧に詳らかにし、日本人小説家と西洋人の某の文編の困難さを著している。


語の乱れ、文体の錯乱に、当時の文人は身悶えしたに違いない。性急な西洋化が齎した日本語の変化に対する危機感、とりわけ、美しい日本語文化の喪失に対する危惧を憂う文人が確かに存在していた事をここに垣間みることができる。


この文章の本質を著した一節。長いけれど、核心が胸を突き、谷崎の核心が燦然とする。


「前にもちょっと触れておいたように、日本語の表現の美しさは、十のものを七しか言わないところ、言葉が陰影に富んでいるところ、半分だけ物をいって後は想像に任せようとするところにあって、真に日本的なる風雅の精神というものはそこから発しているのである。もっともこういうと、それだから日本語は不完全な国語だ、十のものを七つしかいわないでは舌足らずがしゃべるようで、とうてい欧州語のように、説いて委曲を尽くすことは出来ない、という人があるかも知れない。それは人々の考えようだから、一概には片附けられないけれども、私にいわせると、全体人間の言葉なんてそう思い通りのことを細大洩らさず表現出来るものではないのだ。手近な例が料理法の本だとか、手品の説明書なぞを読んでも、それが日本文であろうと英文であろうと、図解でも這入っていなかったらなかなか分かるように書けてはいないではないか。言葉というものはそれほど不完全な、微細な叙述になって来ると、一切実用にならないものなのだ。試みに鰻をたべたことのない人に鰻の味を分からせるように説明してみろといったって、どこの国の言葉でもそんな場合の役には立つまい。しかるに西洋人というものは、なまじ彼らのヴォキャブラリーが豊富なために、そういう説明の出来得べくもないことを、なんとか彼とかあらん限りの言葉を費やしていい尽くそうとして、そのくせ核心を摑むことは出来ずに、愚かしい努力をしているように私には見える。独逸語は哲学の理論を述べるのに最も適しているのだそうだが、それにしても作者自らがこれで十分と思うほどには決していい尽くせはしないであろう。現にショウペンハウエルが「意識と現識の世界」の序文で、「自分の本は一字一句が全体に関連しているから、正しくは二度読んでくれないと理解されない」といっているように、言葉を費やせば費やすほど、全面を同時に具象的にいい著す事が至難になる。そういう点を考えると、少なくとも文学においては、日本語のように言葉のいい表わし得る限界を守って、それ以上は暗示するだけに止めた方が、賢いやり方なのではないであろうか。」


谷崎潤一郎の本を読んでみて、自分は日本史のことを全然知らないな、ということが分かった。通史だけでは理解が間々ならない。日本近代史、特に明治期の歴史について、学びを深めなければ、と啓示を得た。


同時に、この本を読んだ事を機に、文豪の「文章読本」を攫っておくことも、外国語を教える教師として畢竟なることなのではないか、と僕は考えた。


日本語の美しさを知らない人が、英語だけを教えても、生徒には伝わらないと思う。日本語の持つ美しさ、日本語が表現出来得る可能性をきちんと理解しようと努める事は、英語教師であれば、誰もが持つべき命題なのではないか。日本語が拙い人の翻訳は拙い。これは翻訳を読めば分かる。何が書いてるのか、さっぱり分からないものがたくさんあるからだ。


誤訳、と断じるレベルなのではなく、正訳でも、意味がまったく分からないものがある。何を言おうとしているのか、さっぱり分からない、といった事態は外来文章の翻訳版を読む際の最大の難点なのではないか、とさえ感じる。


視点を広げれば、米国産の映画やホームドラマの翻訳は、コロキアルな文体に則して、ものすごく分かりやすく訳し分けられている。視聴者の耳障り、目障りに慮った翻訳は脳にやさしい。


さて、自分が教える事を考えたときにどうか。


まだまだ日本語がわかっていないですね^^;



ではまた。

2015年3月4日水曜日

英語の授業の今後を考える。

新しく入試制度が変わろうとしてる。英語を英語のまま理解し、英語で発信できるように子どもを育てることを国が呼号して久しい。

国の外郭団体による入試制度を廃し、外部資格試験による、個人の絶対評価値によって、英語力の適否を判断しようと動き出している。

6年後にはセンター入試はなくなり、英語のテストは資格試験化する。その内容は、どれも北米留学向けの資格テスト並みになることが予想されている。

現行入試制度を見据えた対策をやっていても、最早対応が立ち行かないところに来ている。和訳や和文英訳の問題が入試に課されるのは、大学入学後の文献購読や資料分析の為に学生にいかほどの基礎学力があるか、という観点から出題が続けられているのだと思うが、今後は、文献購読や資料分析の他に、英語によるプレゼン能力、ディスカッション能力など、自己発信の力が高校卒業までの段階である程度の完成を見るように、と若者に求められるのである。

英語の必要性、グローバル化に関する論調の瑕疵はここでは取り上げないことにする。切りがなく、泥沼化するに決まっているので。

個人的に僕は、英語の力の必要性には賛成。ただし、セットで日本語の能力を伸ばして欲しい、と生徒には思っている。

母語による思考形成や論理展開が十分にできないと、外国語を通したコミュニケーションは難しい。母語の語彙が不足していたり、母語による論理の理解が不十分なままで、外国語を身につけても、それはハンバーガーショップにて釣り銭をもらったり、注文したりする程度のことしかできない。

短期にでも外国に行ったことのある人はわかると思うが、外国人と英語やその他の外国語を通じてコミュニケーションを図ろうと思えば、我々が日本人同士でするようなやり取りが外国語でできなければ、突っ込んだ関係には決してなれない。話に混ぜてもらえないのである。

話は趣味や特技の話ばかりなわけはない。世界のこと、政治、経済、スポーツ、芸術、様々な分野に話が及び、それについていけなければ、初めの自己紹介とか、ものの数分は良いが、それ以後は話しかけてもらえないのである。

自己主張やプレゼンも結構な話だが、プレゼンをする側の人間、則ち、話をする側の人間に基礎教養、基礎語彙がきちんと身に付いていなければ、外国語を通じて他国の人とコミュニケーションを行なうことなど、できないのである。

今、現場で英語を教えていて、一番気になるのは、生徒たちの日本語の力の無さである。語彙力が圧倒的に低く、文章理解の底も浅い。これでは英語で理解して、英語で発信することなど、本当にできるのだろうか、と生徒たちのことを慮るばかりなのである。

難しい日本語、古典に関して、特に20代の若者は、時間を割いて語彙力を増やして欲しいといつも思っているし、ニュースや報道以外で語られることに関して、注意関心を常に持ち、自分なりに調べたり、読んだりすることを日常化して欲しい、と僕は思っている。

その上で、英語、なのである。

さて、話が長くなったが、4月から僕は授業でのall in Englishを再開しようと思っている。どのような授業形態ができるのか、毎月勉強会を開き、全国の多くの先生方と学びを深めて行きたいと考えている。

今まではどなたかがなさってある会の末席に加えて頂くばかりであったが、満を持して、自分で会をやってみることにした。やる気のある人、前向きに英語授業に関して考えている人、そんな人たちと草の根運動かも知れないが、学びを深めて行きたいと思っている。

会は教員に限るけれど、もし読んでいる人が居れば、参加を前向きに検討して頂ければ、と僕は考えている。

どんな会になるのか、など、始める前から考えるのは愚かである。まず始めてみて、そこで起こったいろいろなことをそこに居る人たちと一つずつ考えて、整理して行けば良い、と僕は思っている。

過去に、授業で実験をしようと思い、色々なことをやったが、やる前は誰に話しても、無謀極まる、そんなことをして大丈夫なのか、と訝しがられたのが懐かしい。しかし、始まってしばらくして事が軌道に乗ってくると、不安は安堵に変わる。

僕は待つ人ではなく、動く人なので。思い立ったが吉日。やる。それしか考えていない。今、1名の先生から参加の申し込みを頂いた。胸が高鳴った。

たった2人だけの勉強会でも、僕は必ずスタートさせる。そして1年間、まずやってみる。

何かを得られる予感。何かが生まれる期待。
それに賭けてみたい。
頑張ってみる。

【勉強会のお知らせ】

3/30(月)の午後、勉強会をしようと思っている。場所は博多。参加人数は10~15名の少人数で行ないたい。


少人数で情報をシェアし合い、授業をし合う会にしたい。セミナーなどで講師などをなさったりしてない先生方向け。


ただ聴講する会ではなく、授業を実際に行ない、良い所を褒め合い、新しい手法や新たなメソッドを探り合う会にしたい。

授業形態は基本的にall in Englishで行ないたいので、英語で授業を行えない、という方にはご遠慮頂く。所属は、中学の先生でも、高校の先生でも、公立、私立も問いません。学校教員で前向きでやる気のある方であれば、どなたでも歓迎します。

ただし、オブザーバーや聴講のみは申し訳ないけれど、お断りしたい。実際に授業を行ったり、前に立ち、きちんと発表をするのでなければ、参加をする意味がない、と僕は考えている。参加者全員がcommitするような会でなければ、勉強会をする意味がないと考えているので。申し訳ないけれど、そこははっきりとさせておきたい。

僕が何かを教え諭したり、講釈を打つ会ではありませんので、念のため。

参加者全員がきちんと考え、学び、気持ちを新たに活き活きと学び合う会にしたい。そういう会をやりたいのです。


実りの多い会を期待しています。では、参加をお待ちしています。

参加ご希望の方は
dassenglish73@gmail.com


まで参加表明をしてください。
申し込みは
1 氏名
2 所属校名
3 携帯番号
4 メールアドレス
5 会で学びたいこと・シェアしたいこと

の5点を必ず明記の上、お申し込みください。

参加者の先生方のみ に、詳細情報を3月16日(月)に送信致します。どうぞよろしくお願い致します。

2015年3月3日火曜日

生徒達へのラブレター

卒業式があった。生徒たちが巣立って行く。卒業おめでとう。
6年間一緒だった生徒、3年間一緒だった生徒、本当にありがとう。
きみらと毎日一緒に過ごせて、本当にしあわせだった。
きみらと一緒にいると、いつも喜んでいることができた。
きみらからたくさんの元気とパワーをもらった。
ありがとう。

満足のいく指導を十分にしてあげられず、申し訳ない気持ちがしている。
駄目な自分をどうか許して欲しい。

きみたちがかつてこの学舎をくぐったときには、ここはきみらにとって、ただの建物でしかなかった。
今、卒業を迎え、その建物はきみたちの「我が家」になった。そして、僕らは家族になった。

これから色々な道に進むと思う。
いいこと、悪いこと、退屈な毎日、刺激的な毎日、様々に人生は展開すると思う。
もし「つかれた」時は帰っておいで。ここでしばらく休んだらいいと思う。
マタイによる福音書11章の言葉にあるとおりだ。
「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう」(28節)。
              (マタイによる福音書11章28節)

きみらがここで学んだことはcooperationだと思っている。協調性、協働性。
これから、職場、学校、家庭、様々な場面で弱者の隣人であり続けて欲しい。
それを願っている。

感謝の気持ち。親御さん、お世話になった先生方、関わって下さった方に感謝の気持ちを忘れないで欲しい。イエス様が仰っている事に耳を傾けて。
「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。」
(テサロニケの信徒への手紙 5章16-18節)

人生に勝ち負けはない。
僕の祖母は、極貧の家庭に育ったため、満足な教育も受けられず、生涯自分の名前すら書けなかった。彼女は女中奉公をしながら、家計を支え、結婚し、僕の母を立派に育て上げ、僕ら兄弟にきちんと教育を受けさせ、最後まで自分のわがままや望みを一切口にせず、膵臓ガンで天に召されていった。
彼女の遺品を整理しているときに、壱万円札の入ったビニール袋と、広告の裏にカタカナで自分の名前を数回書いてあるメモ書きが見つかった。
祖母は字が書けないことを恥じ、金を決して銀行に預けようとはしなかった。僕と母は、祖母が練習したその文字を見て、涙が止まらなかった。
彼女は病床にて、死の2日前にクリスチャンになった。彼女の生き様を体現した聖書の箇所を、彼女が亡くなった後、母と何度も読んだ。
「わたしは、他人の金銀や衣服をむさぼったことはありません。ご存じのとおり、わたしはこの手で、わたし自身の生活のためにも、共にいた人々のためにも働いたのです。あなたがたもこのように働いて弱い者を助けるように、また、主イエス御自身が『受けるよりは与えるほうが幸いである』と言われた言葉を思い出すようにと、わたしはいつも身をもって示してきました。」
 (使徒言行録20章33~35節)

過去の教え子で、難関私大に進学し、有名私学に学んで、大手企業に就職が決まった教え子が尋ねてきたことがあり、その子が嬉々として「自分は勝ち組なんだ。」と言い放ったことが忘れられない。次の瞬間、僕はその子を見ながら笑顔で、「じゃあ、小学校にも満足に行けなくて、自分の名前も書けなかった僕の祖母は負け組ですね。」と伝えた。その子は何かまずいことを言ってしまった、という顔をして、黙って僕を見ていた。「僕らは学ばなければ行けないことがまだまだあるんだよね。」とその子に伝え、祖母の話をしたことを覚えている。人生に勝ち負けはない。お金なんかは少しで良いのだ。
「わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる」
(マタイによる福音書11章29節)。

「もし人生がテレビに映し出される映画のようなものなら、ある人はそれをコメディーだと言い、別の人は悲しいお話だ、と言うかも知れない。自分の人生はよりよいものを自分で選べる。」
これは僕が同僚のマイケルに話した言葉。卒業の餞に。

昨晩、親しい戦友と遅くまで酒を飲んだ。何でも話せる大切な友人。卒業式の夜、その戦友の前ではたくさん涙が出た。
戦友が帰宅した後、僕は就寝しようと床についた。携帯に以下のメールが届いた。涙が止まらなかった。そして、これからもっともっと頑張って仕事をしようと思った。

「先生!!
6年間本当にありがとうございました(´つヮ⊂)
突然なんですけど、俺、英語自体は好きなんです
たしかに勉強は全然できないし、嫌いだけど笑
でも英語で喋ったり、英語で映画見たり、音楽聞いたりってのはすごい好きで
そういうのって、この学校に来てなかったら絶対なってなかったし、先生に出会ってなかったら絶対なってなかったと思ったんです。
実際グラマーよりリーダーの方が好きで、黙々と問題解くより、音読したり、皆で英語の音楽歌ったり、そういう方が僕には楽しくって、記憶に残ってるんです。
先生は以前、僕たちに俺のせいで英語を嫌いにさせたかもしれないって言ってくださったことありましたよね?
でも俺、先生に出会ってなかったら英語の楽しさなんて1ミリも知らなかったと思うし、嫌いだったと思うんです。
きっと、こう思ってるのは自分だけじゃないと思います!
それに、先生は僕たちに本気でぶつかってくれて、俺は本当に先生の事が好きです!笑
結局何が言いたいんだよみたいになっちゃいましたけど、
偉そうになっちゃいますけど、先生の英語の教え方に間違いはないと思います!
そして、俺は英語が好きです!笑

これからもよろしくお寝いします□」


卒業おめでとう。幸多き未来を^^


2015年3月1日日曜日

学びの起動(☆ブログの最後に先生向けの業務連絡あり)

息子たちとテニスと卓球をしてきた。ラケット競技を始めて9ヶ月。もし去年、テニスを始めなければ、息子たちとの至福の時間は訪れていなかったと考えると、人生、何が幸いするか、分からない。


親しい友人の勧めで、テニスを始めた。僕はやってみたことがないことをやるのが大好きなので、とりあえずはじめてみようと思ってテニススクールに通い始めた。我流でなんとなくやるのは嫌だった。やるからには、きちんとしたかった。直ぐに見学に行き、その場で申し込みを決め、その週には通い始めていた。初めは週1の練習だったが、そのうち、これは週1回だけやっていても、上手くならないな、ということが分かり、週2回に変え、社会人のサークルにも行ける限り参加するように心がけてみた。そうやって、どうにかこうにか9ヶ月の歳月が流れた。寝ても覚めてもテニスの練習のことを考えている毎日が続いた日々だった。


コーチから指摘されたことは必ず守った。コーチの仰ることに忠実に従うことのみこそ、上達の近道であることを分かっているからだ。知ったかぶりをしない、決してぶれない、他の人の茶々入れに惑わされない、コーチから言われたことをただ只管忠実に守り、練習に打ち込む、その姿勢を今でも頑に守っている。


知らないことを見よう見まねでやってみても上手くいかない。僕には師が必要だ、ということが分かっていた。学びを起動するときに一番大切なのは、知ったかぶりをしないこと、上から目線で斜に物を見ないこと、批判精神を捨てること、自分が師と仰ぐ人を見つけること、師に礼節を欠かさぬこと、と内田樹さんは著書の中で繰り返し、繰り返し説いておられる。


これはフランス哲学者エマニュエル・レヴィナスの本に書いてあるそうで、僕は内田樹さんの「レヴィナスと愛の現象学」という本を読んで学んだ。それ以来、この言葉を、学校で生徒たちに繰り返し、繰り返し説いてきた。


師と仰ぐ人は数多くは要らない。人生の節目の中で出会い、その師を超える師にであった時、その師の元を離れ、次の師に出会う、その繰り返しで人生を終えて行くのである。自分が師と仰ぐ人も、弟子の時にはそうであったはずである。


数年前から一人で色々なことを考え、人生をリセットすることに、かなり長い時間を割いた。そのとき、自分には新たな師や新たな仲間が必要であること、自分に素直でいること、自由でいる必要があることが分かった。そして今日まで充電を重ねてきた気がする。


今、自分はテニスを習い始め、テニスのコーチが自分の師である。それ以外に師を持ち合わせてはいない。敬愛する中別府温和先生は自分の中に燦然と輝くGuruなので、彼を超える師は居ない。そうではなく、今人生の指針とすべき師、自分の学びを深め、高めて行く師はテニスのコーチである。テニスを通して、何かを学び、何かを掴む人でありたい。テニスを通して自分自身の学びを深めて行きたい、今はそう考えている。


テニスが少しできるようになり、息子たちと遊ぶ時に、ラケット競技という項目を加えることができるようになった。彼らはテニスや卓球が大好きで、一緒になって大はしゃぎしている。こんなことができるようになるなんて、自分は夢にも思わなかった。


友人から、テニスを始めてみてはどうか、という背中押しがなければ、このチャンスは永遠に訪れていないはずだから、人生は不思議なものである。勧めてくれた友人は、かなりのテニスの腕前なので、自分とはなかなか打ってはもらえない。だが、あの友人の勧めがなければ、と思えば、友人にいくら感謝をしても為尽くせない。感謝一入である。


テニスによって、息子たちとの笑顔の時間が増えた。テニスや卓球の話をしている時、お互い夢中になって話をしている時間が生まれた。そのことは僕ら親子にとって、かけがえのない時間となった。


幾つになっても、新しいことは始められる。金になるとか、ならぬとか、そういう詰まらない下卑た理由で、やることを選別する様な浅はかな真似を僕はしたくはない。ここ数日何度も繰り返し書いていることだが、自分のうちなる声(voice)に従い、自分の直感や思いで、やりたいこと、打ち込みたいことを決めることができる人でいたいと僕は思っている。


☆お知らせ☆ 
3/30(月)の午後、勉強会をしようと思っている。場所は博多。参加人数は10~15名の少人数で行ないたい。


少人数で情報をシェアし合い、授業をし合う会にしたい。セミナーなどで講師などをなさったりしてない先生方向け。


ただ聴講する会ではなく、授業を実際に行ない、良い所を褒め合い、新しい手法や新たなメソッドを探り合う会にしたい。


授業形態は基本的にall in Englishで行ないたいので、英語で授業を行えない、という方にはご遠慮頂く。所属は、中学の先生でも、高校の先生でも、公立、私立も問いません。学校教員で前向きでやる気のある方であれば、どなたでも歓迎します。


ただし、オブザーバーや聴講のみは申し訳ないけれど、お断りしたい。実際に授業を行ったり、前に立ち、きちんと発表をするのでなければ、参加をする意味がない、と僕は考えている。参加者全員がcommitするような会でなければ、勉強会をする意味がないと考えているので。申し訳ないけれど、そこははっきりとさせておきたい。


もう一つ。初めに断りますが、僕は講師なのではなく、参加者の一人です。
皆さんと良き学びになるようにfacilitatorをする程度。
僕が何かを教え諭したり、講釈を打つ会ではありませんので、念のため。


参加者全員がきちんと考え、学び、気持ちを新たに活き活きと学び合う会にしたい。そういう会をやりたいのです。


実りの多い会を期待しています。では、参加をお待ちしています。


参加ご希望の方は

dassenglish73@gmail.com

まで参加表明をしてください。

申し込みは
1 氏名
2 所属校名
3 携帯番号
4 メールアドレス
5 会で学びたいこと・シェアしたいこと


の5点を必ず明記の上、お申し込みください。


参加者の先生方のみ に、詳細情報を3月16日(月)に送信致します。どうぞよろしくお願い致します。


2015年2月28日土曜日

草枕

たまっていた家事を朝から片付けててんやわんや。やれやれである。洗濯物を畳むのだけで小一時間も掛かっていては世話はない。溜め過ぎである。

新しい洗濯物を干し、ソファーに投げ出された衣類を片付け、部屋の換気をして、購入してきた夏目漱石の草枕を読む。


明治が生んだ日本の巨人のエッセイ風な小説なのだが、冒頭の1章を読むだけで、漱石がいかに天才だったかが伺える語彙と表現が、これでもか、これでもか、とグイグイ迫ってくる。


現代人が普く用いている日常語を数多く生み出した天才の文章は凄まじい。西洋から入ってきた外来語を日本語の概念に即して翻訳していった達人である。彼の書く文章には足下にも及ばない。


西周、中江兆民、夏目漱石、福沢諭吉、坪内逍遥、彼らが明治に成し遂げた偉業は礼賛し尽くせない。彼らは新しい日本語を創った。彼らは概念を身体化した。私たちが用いている現代語で、彼らの手に寄らない物は何一つない。彼らは言葉を生み出した。彼らは言葉によって人々の生活を変え、教養の階層を二段階も三段階も引き上げた。その功績は計り知れない。彼らは新しい文明を打ち立てたと言っても過言ではない。


言葉によって、私たちの生活は支配される。言葉によって私たちの文化風俗は創られ、言葉によって私たちは生かされ、殺されもする。


彼らが生み出した言葉により、ゼロの状態が1以上になった。幕末から明治の移行期に、日本が目覚ましく、列強に並ぶが如く発展を遂げたのは、まぎれもなく彼らの功績の一端に依るところが大きい。そのことはもっと声高に賞賛されてしかるべきだと僕は思っている。


文明の発達は暫し、技術革新やエネルギー革命に依る所が多であるとする通説に我々は依拠することがあるが、それでは片手落ちである。人々の営みは言葉に始まり言葉に終わる。技術を学ぶにしても、それは外国語を通してしか手段がなかった。多くの日本の青年たちは、国家発展の為に骨身削って筆舌に尽くし難い努力をした。彼らは建築、重工業技術、生活必需品の工業生産、芸術、文学、工芸、衣服、様々なことを学習吸収して、日本文化に馴染むように、学び取った物を具現化していった。その際、言葉によって説明できないもどかしさに身悶えしたはずである。


中江、夏目、福沢、西の諸子は、言葉を創出することにより、それらのモドカシさをクリアなものにすることに貢献した。言葉によって、世の中を変えたのである。

西周(にしあまね):http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E5%91%A8_%28%E5%95%93%E8%92%99%E5%AE%B6%29


中江兆民(なかえちょうみん):http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E6%B1%9F%E5%85%86%E6%B0%91

坪内逍遥:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9D%AA%E5%86%85%E9%80%8D%E9%81%A5

福沢諭吉:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E6%BE%A4%E8%AB%AD%E5%90%89


夏目漱石:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E6%BE%A4%E8%AB%AD%E5%90%89


草枕。冒頭から圧倒される文章が胸を突く。

「山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。住みにくさが高じると安い所へ引っ越したくなる。どこへ超しても住みにくいと悟った時、詩が生まれて、画が出来る。人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。矢張り向う三軒両隣にちらちらする唯の人である。唯の人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりも猶住みにくかろう。越すことのならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容(くつろげ)て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。」


ロンドン留学、東大での教鞭、記者時代、小説家としての生き様、様々な場面で漱石が活躍し、日本文化を高度に押し上げた功績を堪能していきたいと思っている。


ひさびさの名文読書は胸が震える。大学生の頃のように胸がときめいている。
わくわく、どきどき。


もっとも大いなるもの

単語の綴りを一生懸命練習するけれど、何度も、何度も間違える子がいる。 でも、授業中、何度もうなづきながら説明を聞き、話に耳を傾け、大きな声で歌を歌う。フォニックスの発音を、口を縦横いっぱいに開けて発音する。 oshienと単語テストに書いてきた。oc...